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夜の大樹の下。
忍びの里は一般の人々に比べると夜が遅い。
月が高く昇った時間にも関わらず、葉名は外に出て空に広がる番の木を見上げる。
葉名の白い枝は誰にも絡んでいない。
「……」
16の年になるとき、この枝は誰に伸びるのだろう。
皆がその結果を受け入れ、喜びを噛みしめている。
想い人と結びつくのが常であったからだ。
葉名の想い人は蒼依である。
だがあまりに遠い存在で、枝が示す結果を思うと恐怖に襲われる。
夜の闇に紛れ、葉名は幹に触れ、頬を寄せて涙した。
「……葉名?」
「えっ!? 蒼依くん!?」
振り返ると蒼依がおり、葉名を見つめていた。
夜目でも蒼依の瞳の色がわかってしまう。
それくらい忍びは暗がりに慣れていた。
「どうしたんだ、こんな場所で……って、泣いてるのか!?」
「な、泣いてません!!」
慌てて着物の袖で涙を拭い、葉名は木の裏に駆けていく。
たどたどしい手つきで姿隠しの布を取り出し、身体を幹に隠した。
あまりに不器用な姿に蒼依は苦笑いをする。
「それ、隠れてるつもり?」
「これは隠れ身の術の練習です! こう見えて私はくノ一ですから!」
返事をしている時点で隠れる気がない、と蒼依は思うのだったが焦る様子の葉名への微笑ましい気持ちが勝る。
「ふーん、隠れてるんだ。そっかぁ」
普段は真面目で品行方正な蒼依であったが、必死になって隠そうとする葉名に心が揺さぶられる。
くすっと笑い、白い木に手をつき、葉名の両サイドを塞いだ。
「じゃあ俺、何にも見えてないわけだ。木の前で独り言を呟いてて、好き勝手してる奴」
「何を……」
「だからこれは木に祈ってるだけ」
「んんっ……!?」
ーーチュッ……チュ。
何が起きているか理解が出来ない。
木に隠れた葉名を覆うように唇を寄せてくる。
懇願するように何度も何度も唇を追ってくるので、葉名は息を荒くし、布を握りしめていた。
唇が離れると、葉名は涙を浮かべながら蒼依を見る。
肩が激しく上下する。
力の抜けた身体は幹にもたれかかっていた。