白い大樹の下、小さな女の子が泣いていた。


「うっ……うぅ……」

「まーた泣いてるのか? 里のものに虐められたか?」



そこに歩み寄ってきたのは里の長の長子、蒼依(あおい)であった。

泣きじゃくっていた女の子の名を葉名(はな)という。

蒼依が葉名の顔を覗き込むと、葉名は涙を拭い、唇をぐっと力強く結んだ。



「泣いてない、泣いてないもん」

「はは、お前は我慢強くてえらいな」



葉名の頭をポンポンと撫でた後、蒼依は空に広がる大樹を指さした。

横に大きく広がり、絡み合った枝がいくつもある。

里ではこの大樹を“番の木(つがいのき)”と呼んでいた。



「ほら見ろ、連理の枝だ。16の歳に俺たちの枝は運命の相手と絡まるんだ」



里の者はそれぞれ自分の枝を持つ。

それが16の年が満ちた1の月に将来、夫婦となる者の枝と絡み合う。



「これが俺の枝、そしてあっちが葉名の枝だ!」



蒼依と葉名の枝は近く、伸びれば絡みそうな距離にあった。

浮つきそうな気持ちになるところだが、それを見ても葉名の表情は暗い。



「でも私は全然忍術も扱えなくて、ろくに里のお役にも立ててないです。そんな私が誰かと枝が絡むはずないです」



俯く葉名の両頬を包み、蒼依は口角をあげ微笑む。



「大丈夫、ちゃんと枝は判断してくださる。そうして忍びの里は長い歴史を繋いできた」



深い青色に飲み込まれそうになる。

口伝にしか聞いたことのない海の色はきっとこのような色なのだろう。

それは葉名が一番美しいと思う色だった。



「俺にも葉名にも必ず運命の番がいるんだ。持ち主のわからぬ枝もたくさんあるが、見れば必ずわかる」



必ず枝が里の者をさしているわけではない。

多くは里の者同士で絡み合うが、まれに外から人がやってくることもあった。

そういったものは肩身が狭い。



「葉名にも番はいるんだ。だから安心しろ」



葉名は元々里とはほとんど縁のない子供であった。

山奥にある小さな村が山賊に襲われ、家族を失った葉名を拾ったのが忍びの里のものだった。

なんでも遠く縁があったようだが、その真実を葉名は知らない。


そうして拾われ、忍びの里にやってくると番の木には葉名の枝があった。

木に近づいた時、甘い匂いを嗅ぎ取り、見上げたときに一本の枝を見て察した。

これが葉名の枝であることを。


それ以降、葉名は里で育てられるようになる。

里の外からやってきた者は忍びでないため、役割は子孫を残すことに専念される場合が多い。


忍びの血を引かないはずの葉名はそれに徹するはずだった。