「ちっ……避けられたか」
忍びの装束をした藍色の髪の女・咲千代が現れる。
シュッとした弓なりの目で葉緩を睨みつけている。
「あなた、昨夜の……」
「昨夜?」
事情を知らない葵斗が険しい表情をして咲千代を見る。
葉緩に見せる柔らかい雰囲気はどこにもなく、そこにいるのは冷淡な顔つきをした男であった。
「葉緩に何したの? 咲千代」
「葵斗、家に戻りなさい。その女は裏切り者の子孫よ」
「だから何? 葉緩は俺の番だから会いに来ただけなんだけど」
意にも返さない葵斗に咲千代はギリッと歯を食いしばる。
「それは本来の番じゃないわ。いつか木も元に戻る」
「どうでもいい。枝が誰に伸びていても俺が好きなのは葉緩だ」
二人の会話についていけない葉緩は俯き、手を握りしめる。
枝がどうだ、番がどうだ。
挙句の果てには裏切り者呼ばわり。
忍びとして誇りをもち、必死に努力を重ねてきた葉緩には屈辱的で、腹立たしいほかない。
「抜忍の末路は死のみ! なのに生き延びていて……しかも子孫まで残してるのがおかしいのよ!」
「抜忍ってなんの事ですか!? 私たちはちゃんと代々続く忍の家系……」
「黙れ、くノ一の恥が! 葵斗から離れないっ!!」
咲千代が葉緩をターゲットにし、集中的に手裏剣を投げてくる。
スピードなら負けないと葉緩が覚悟を決めたところ、拍子抜けするように葵斗が葉緩を抱き上げて攻撃を避けていく。
あまりに俊敏な動きで、葉緩を抱えてもハンデにさえなっていない。
冷静に、巧みに机の上を飛び回り避けていく姿に咲千代は声を荒げる。
「葵斗! いい加減目を覚ましなさい!」
その怒りに対し、葵斗はわざと足をとめ、手裏剣を手刀で薙ぎ払う。
わずかに血が風に流れていった。
「あ、葵斗くん!?」
血が流れていることを気にも留めず、葵斗は咲千代を冷酷な目で見下ろしていた。