「よーつーいー」
その時、ちょうど体育館を離れていた教師の橋場が戻ってくる。
葉緩のもとへと歩み寄り、怒号を響き渡らせた。
「お前は何しとるか! 明らかに悪意があったぞ!」
「友達傷つけられて怒らないってのは無理があります!」
橋場の説教に葉緩は反抗する。
どうも橋場は柚姫への攻撃現場を見ていなかったようだが、それとこれは別問題。
葉緩にとって重要なのは“柚姫の心”であった。
柚姫を守るためならば、葉緩にとって怖いものなどない。
「私は悪意を持って攻撃しました。その報いとして今、先生に怒られているのです」
あっけにとられる橋場に葉緩はニッと口角をあげる。
「因果応報になるかはわかりませんが」
「う、うーん……」
たしかに葉緩は女子たちに悪意をもって攻撃した。
葉緩にとって許せない行動を取ったからである。
その報いとして教師に怒られる。
こじつけのような考え方であった。
「……! 姫?」
柚姫が葉緩から離れ、落ちたボールを拾う。
そして両手でそれを思いきり投げる。
葉緩の攻撃により目まいでうまく立つことの出来ない女子たちにボールをぶつけていた。
「いったーいっ!?」
「ちょっと、徳山のくせに何するのよ!」
柚姫の攻撃に吠える女子たち。
対して柚姫は静かに冷ややかに見下ろしていた。
「いじめてきたことへのお返しだよ。あたしが感じた痛み、こんなものじゃないんだから」
柚姫は一年生の時、陰ながらにいじめを受けていた。
陰湿な行為は人目に付くことなく、水面下で行われていた。
聞こえてくる笑い声に何度も耳を塞ぎ、俯いてばかりであった。
「だから罪を罪のまま残してあげる。もうあなたたちなんて怖くない」
そんな柚姫に希望の光を差してくれたのが桐哉と葉緩だった。
孤独だった柚姫に声をかけてくれたのが桐哉。
そしてはじめて友達として傍にいてくれるようになったのが葉緩であった。
だからこそ二人が大好きで、仲が良い姿に憧れた。
もし二人が恋仲となるなら応援したい……はずなのに、モヤモヤする自分の心が許せなかった。
せめて葉緩が気持ちを話してくれればいいのにと思い、ずっと寂しい気持ちを抱いていた。
――今はもう、怖くない。
柚姫にとってもまた、葉緩は特別な友達であった。
「味方になってくれる友達がいると、それだけで勇気が湧いてくるね。とても素敵なことを学べたよ。ありがとう」
にっこりと微笑む柚姫に女子たちはゾッとしながら吠えることをやめなかった。
「な、何なのよ、ウザッ! 毒山のくせに!」
「やばい、鼻血が止まらないよぉ……」
「ほら、保健室行くぞ。話はそれからだ」
状況を察した橋場がため息をつき、女子たちの腕を引き上げる。
そして生徒に片づけを指示し、怪我をした女子たちを保健室へと連れていくのであった。