「四ツ井家の家訓【堅忍不抜(けんにんふばつ)】」


ドドンと告げるは四ツ井家の当主・宗芭(そうは)。

長い黒髪を一つにくくり、顎(あご)にひげを生やした濃い顔をしている。

眉間に刻まれたシワが当主としての苦労を物語っている。


「がまん強く志を変えない。そうして我らは主に長らく仕えてきた」


話を鎮座して聞くは16歳の少女・葉緩(はゆる)とその弟の絢葉(あやは)。

絢葉はまだ幼く、数えて9つの歳だ。

きりっとした目をして笑みを浮かべたまま、しっかりと宗芭に向き合っている。


だが葉緩は違った。

ニコニコと緩い口角を必死で引き締め、父の話を聞いている。

くりくりとした丸っこい目は藤の色。

艶々の長い髪をおろし、片側だけちょこんと結んでいる。

家族構成はいたって普通。

だがこの四ツ井家、普通の家庭ではなかった。


「良いか? 忍びの末裔として主をお守りし、忠誠を尽くせ。そして大切なのは……わかっているな? 葉緩よ」

「はいっ! その一、主となる方に忍びの存在を知られてはならない! その二、主様の子孫繁栄のために全力を尽くすことであります!」

「……ヨダレが垂れているぞ」


四ツ井家、それは小さな島国にひっそりと存続する忍びの家系だった。

葉緩はその家系でくノ一として育った風変わりな女の子であった。


「はっ!? 申し訳ございません、父上!」


慌ててよだれを拭い、口角を指で引き下げる。

誤魔化しきれないニヤニヤした顔を宗芭の厳しい目が射抜く。

ダラダラと背中に汗を流しながら緊張にはりつめていると、スルスルと一匹の白い蛇が葉緩の横に滑り込んでくる。

それを見て葉緩は口を大きく開き、シュッと立ち上がる。


「それでは学校の時間になりましたのでいざ!!」


もくもくと白い煙幕が葉緩を包んだかのように見えたが、一瞬にして晴れる。

くノ一の装束をまとっていた姿が一転、ピンクのリボンが愛らしいブレザー制服に変わっていた。



「本日もまっとうにお役目をしてまいります!」


明るいはきはきした口調で言い放ち、風のようにその場を飛び出していく。

残された宗芭はため息をつき、頭を抱えていた。


「心配だ。アイツは能天気というかなんというか……忍らしくない性格をしている」

「……」

「……お前はもう少し喋ってもいいんだぞ? 絢葉」

「影の役に徹するのもまた忍かと」


葉緩と違い、どこかひねくれた絢葉の姿に宗芭はますます息を深くつく。

悩みの種は尽きなかった。