「ここは?」

「番の木だよ。見覚えのあるだろう?」

「えっ!? でも里は滅んで……」

「里はもうない。この木もある種、心象風景と言えるだろう」




あたりを見回しても続くは草原。

里はどこにもなく、番の木が立つだけだ。

つまりここは現実であり、非現実の世界ということである。



「なるほど。 どうりで誰も場所を知らないわけだ」

「葵斗くん?」



木を見上げ、葵斗は頷き、幹に触れる。

にこっと葉緩へと視線を移し、そっと手を離した。



「折った枝をどうやって戻したか覚えてなかったけど、無意識にここに思いを馳せてたんだね」

「……難しくてよくわからないです」



でも、と言葉は続く。



「私はここを知っている。とても懐かしいのです」



目を閉じると風がそよぎ、草花が揺れる音が聞こえる。

他に誰もいないはずなのに、知っている笑い声が鼓膜を震わせた。


かつてこの草原を蒼依と駆けたこと。

腹をよじらせ、顔を合わせた幸せを覚えていた。



「葉緩、こちらへ」



木の前に立つ白夜に手を引かれ、数歩だけ歩く。

白夜が指さした方へと目を向けると、そこにはうすらと金色に光って見える枝が伸びていた。

その枝の根に切断された箇所が見える。



「あれが葵斗の枝だ。そしてあの折れた根が私たちの枝の根だよ」

「私の枝だとわかりますね」



目を細め、金に光る枝に心がくすぐられる。



「やっぱり葵斗くんの枝は綺麗に見えますね。手を伸ばしたくなります」

「……本当に、人の心は読めない」

「白夜?」



強い風が吹き、白夜の長い髪がなびく。

朱の毛先が、藤色と変化した。



「またいつか会おう。 幸せを諦めるな」

「……寂しい、けど。 私は諦めません」



口角をあげ、精一杯凛とした笑顔で白夜を見上げた。



「へこたれる時もあるけど、ゆる~く生きたいと思います。……イチャイチャとは満喫してこそ良い、でしょ?」


葉緩の言葉に白夜は目を丸くし、そして腹を抱えて笑い出す。



「本当にな」


目尻から溢れた涙を指で拭い、そして葉緩の頭をポンポンと撫でた。



「では、な」