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葉緩が生まれたときから傍に白夜がいた。


赤ん坊の時は喋ることが出来ないので誰も不思議に思わなかったが、だんだんと言葉を覚え、白夜を呼ぶようになってからは周りから訝しげ(いぶかしげ)に見られるようになる。


それでも葉緩には見えてしまうのだから、周りの目を無視して白夜と仲良くしていた。

まだ人の目が奇異な目とはっきり認識していないころ、葉緩は家の玄関口で道端に咲く花を眺めていた。

花弁を突きながらニヤニヤと鼻息を荒くする。




「ふわぁ、愛し合う夫婦とはなんと素晴らしいことでしょうね」

「なんだ? 理想の夫婦でも見たか?」

「いいえ、ただの憧れです」

「そ、そうか」



やたらとご機嫌な葉緩に白夜が問いかけたが、そこに意味はまったくなかったようだ。

子どもの扱いとは難しいと白夜は苦笑する。

そんな白夜に葉緩はくるりと振り返り、キラキラと光る笑顔を浮かべた。




「そうだ、白夜! 葉緩に弟が出来るのです!」

「……弟?」


葉緩は一人っ子で、父と母の三人で暮らしている。

このころより更に幼い葉緩は、親以外に懐かずよく泣きわめいていた。

白夜が慰めにいくと、落ち着くものだから余計に周りは葉緩を気味悪がった。

距離を置くべきと判断した白夜が離れようとすると、葉緩は泣きじゃくり余計に大事になった。

ため息をつきながら、つかず離れずの距離感でいる。



「わかったばかりで今がとても大切な時だそうです。子どもは大事に育てなくてはならないと、お母様が言ってました」



白夜が葉緩の頭を撫でると嬉しそうに頬を染め笑う。



「葉緩はお母様が大好きです。だから葉緩がお母様をお守りするのです」

「そう……だな」



苦いものを噛むような、そんな表情しか浮かべられずに白夜は葉緩を抱きしめた。

白夜の行動がわからずに葉緩は首を傾げる。



「白夜?」

「子どもには惜しみなく愛情を。だが愛情とは一人では限りあるものなんだ」



抱きしめる腕に力が入る。

答えのない問いに目を閉じるしか出来ない。



「夫婦とは一体何なのか。罪を分け合う、共に抱える。優しさを持ち寄り、生きていく。だが夫婦で完結すべきことを子どもが抱えなければならないのは……残酷なことだ」

「白夜、痛いです……」



ジタバタともがくと、家の前を通りかかった人たちにじろりと見下ろされる。

ひそひそとした声が葉緩の耳に届いた。




「ねぇ、また四ツ井さんの娘さんが一人で喋ってるわ」

「変わったお家のようだから。うちの子には関わらないようにと言ってあるけど」



遠ざかっていく声に葉緩は白夜の背にしがみつき、俯く。

唇を尖らせて、震える身体を誤魔化していた。



「葉緩は、変な子ですか? だから……」

「大丈夫だ。私はお前の半身、絶対に味方でいる」



悲しい言葉は葉緩に自覚させない。

塞ぐべきものは、白夜が白い手を伸ばして塞いでやろう。


本来の願いのまま、強く笑っていられる子になるように。



悲観的な種は、必要なときに相手を理解するために必要だ。

自分を戒める過剰さはいらない。



「葉緩、お前は自分を締め付けなくていい。お前が思うがままに人を愛し、大切にしたい人を守れる人となれ」

「……うん!!」



たとえ半身であろうと、心は通じない。

だからこそ、白夜は葉名の願いが穏やかに実るまで、折れたままでよかった。

半身でもわからぬ心は、夫婦となればなお難しい。



――ゆえに葉緩が誰かの幸せを願う心は、尊いものだった。



砕けてしまうような悲しいものは、子どもに不要。