「あの....もう少し一緒にいたいです...
明日は休みですし、もう一件いかがですか?」

モジモジと切り出す彼女に
俺はどうしようかと瞬時に頭を巡らせる。

このままお持ち帰りする...?

男の本能で一瞬脳裏をかすめるが
なぜか依子の姿を思い出して
彼女のスーツを掴む手をそっと引き剥がしていた。

「もう一件、行きたいところだけど
明日どうしても外せない用事があって
また誘うから今日は送るよ」

用事なんて全くないのだけど
自分から彼女の誘いに乗った手前、
彼女のプライドを傷つけたくはなかった。

「はい...ありがとうございます」

彼女は少し悲しそうに頷いた。

そして、タクシーで彼女を自宅まで
送り届けると
まだお腹が空いている俺はアパート近くの
コンビニの前で降ろしてもらった。

お金を支払ってタクシーから
降りるとちょうど俺の前を依子が通りすぎて行った。

なにやら俯き加減でスマホとにらめっこしながら、歩く依子は俺の存在に気付かない。

そして依子は数メートル歩いたところで
立ち止まると
「わあぁぁ、もう何て送ればいいのよぅ」
と自分の頭をくしゃくしゃっと掻いて叫びだした。

大地は公共の面前で何をやってるんだと
半ば呆れながらも
思わず顔をほころばせて
依子の元へと駆け出していた。