華には事前に作戦会議の内容を伝えてある。
作戦を聞いた華は最初、ムリムリ!なんて拒否してたけど(笑)
こんなチャンスはあまりないよって伝えたら、頑張って2人になった時に気持ちを伝えてみると言ってくれた。
(頑張れ華!絶対大丈夫!
私も2人に迷惑掛けないように体調崩さないようにしないと…)
1回目の外泊リハビリの時みたいにならないことを祈る。
〜タコパお泊まり会当日〜
土曜日の朝、病室で航也の迎えを待つ。
朝食も完食出来たし、体調はバッチリ!!
「おまたせ。帰れるか?」
「うん!」
「体調良くてよかった。ただし、無理は絶対にするなよ。あの2人に遠慮して我慢するのだけはやめろ。早めに対処すれば大事には至らないから、異変感じたら言えよ?」
航也に毎度のこと釘を刺されるけど(笑)、こーゆー時の航也は真剣だから、素直に話を聞く。
今回の外泊は、航也が点滴セットを持ち帰り、家でも対処できるように準備してくれている。
航也も作戦が無事に終われるように考えてくれてるんだね(笑)
「ありがとう!協力してくれて」
「ん?美優の親友のためならいくらでも協力するよ。それに翔太にも幸せになってもらいたいし、翔太と華ちゃんはお似合いだと思うからさ」
「うん!!」
それから家に向かう途中で、タコパに必要な具材や飲み物とか色々買って、たこ焼き器が無いって言ってたから、電気屋に行って買ってきた。
「買い物ハシゴするのってやっぱり疲れるね…」
「大丈夫か?午前中だから店空いてたけど、入院中とは比にならないくらい歩いてるからな。あとは俺が用意しておくから、時間になるまで寝てな」
華と翔太先生が来るのは午後3時。
そのままベッドに入って美優は体を休める。
楽しみで寝れないかと思ったけど、思いのほかすぐに眠りにつくことができた。
次に目が覚めると、午後2時を回っている。
午前中の買い物で疲れていたけど、起きるとすっきりしていて、体調が悪くないことにホッとする。
リビングに行くと、航也がソファに座ってテレビを見ていた。
「お、美優起きたか?こっちおいで」
航也は美優を呼ぶと、いつものように診察を始める。
慣れっ子の美優は、航也の診察が終わるのをじっと待つ。
「うん、体調は大丈夫そうだね」
「うん、たくさん寝たからすっきりした。準備任せてごめんね」
「準備って言っても適当にな。昼飯食ってないから腹減ったろ?」
「うん」
航也の家はいつも綺麗に片付いているから、これといって掃除する必要もない。
テーブルを見ると手作りのサンドイッチにラップがかけられて置いてある。
航也がスープを温めてくれて、お腹が空いているのもあって、美優は全部食べることができた。
食べている姿を航也はコーヒーを飲みながら見ている。
「ふぅ〜おいしかった。ごちそうさま」
「ん、食べられたな。食欲戻って本当に良かった」
それから2人が来るまでゆっくりと過ごす。
予定の3時を回ろうとしていた時、玄関のインターホンが鳴った。
美優がソファから立ち上がり、玄関に急ぎ足で向かおうとすると、
「おい、走るな!」
すかさず怒られた(笑)
玄関を開けると、華が立っていた。
「華ちゃん、いらっしゃい」
「華っ!」
2人で出迎える。
「鳴海先生、美優、お邪魔します。あ、これ、駅前に新しく出来たケーキ屋さんで買ってきたの。みんなで食べようと思って。あとこれは2人に」
そう言って、ケーキの箱とは別にお菓子の詰め合わせをくれた。
「華ちゃんありがと。気使わせて悪いな」
「いぇ、今日はお願いします。美優とお泊まりなんて、久しぶりで嬉しい!」
「私もだよ〜」
そんな会話をしながら、華を中へ通す。
華は家の広さにびっくりしている(笑)
美優が華を自分の部屋に案内すると、
「美優幸せだね…本当よかった…」
華が小声で言ってくる。
顔を見ると涙ぐんでいる。
「え?ちょっ、なんで華泣いてるの?」
「だって、鳴海先生と出会うまではさ、美優1人で頑張ってたから…よかったなって…」
「もう、泣かないでよ(笑)」
(華って本当に優しくて、心のきれいな人なんだと改めて感じる)
リビングに戻ると、航也が華に話し掛ける。
「翔太も同じマンションだから、もうじき来ると思うよ」
「え?翔太先生このマンションに住んでるんですか?」
「あ、知らなかった?うん、俺と同じマンションに住んでるの。病院に近くて便利だからね」
またまたびっくりしてる華(笑)
するとインターホンが鳴る。
「翔太来たな。俺出るよ」
航也が玄関に向かい、リビングを出て行く。
「翔太先生もこのマンションに住んでたの?」
華がまた美優に尋ねる。
「そうそう、私言ってなかったっけ?」
「言ってないよ!」
(ハハ(笑)華落ち着いて…)
航也と翔太がリビングに入って来た。
「華ちゃん、こんにちは。美優ちゃん今日はよろしくね。外泊できてよかったね。はい、これ」
作戦の事なんて知る由もない翔太は、病院で会う時と変わらない様子で話し掛けてくれる。
果物の盛り合わせと飲み物とかお菓子とか色々買ってきてくれた。
「翔太先生、ありがとう。こんなにたくさん。果物美味しそう!」
「今日は泊まらせてもらうから、ちょっとだけどお礼に。果物も良かったらみんなで食べよう」
それから、飲み物やお菓子を囲んで、4人で話をして盛り上がった。
3時のおやつに華が買ってきてくれたケーキをみんなで食べる。
航也が小中高の卒業アルバムを引っ張り出してきて、航也と翔太の小さい頃の話を聞いたり、美優と華の思い出話をしたり、色んな話をして盛り上がった。
初めはちょっぴり緊張していた華も、楽しい会話に緊張がほぐれたみたいだった。
それからあっというまに2時間が過ぎて午後5時。
そろそろたこ焼きを始めようということになり、翔太先生と華がキッチンで準備をしてくれることになった。
「美優、ちょっと寝室に行こう。胸の音聞かせて」
航也が突然話し掛けてきた。
「え?今?」
「うん。ちょっと息が上がってるから」
全然自覚なかった…
「大丈夫だよ。みんなと話してただけだから、苦しくないよ」
そう反論してみたけど、そのやり取りを聞いていた翔太が声を掛ける。
「美優ちゃん、準備は俺らに任せて、航也にしっかり見てもらいな?」
華も賛同するように翔太の横で頷いている。
みんなに背中を押されて、渋々寝室に向かう。
寝室に入ると、
「美優?無理しない約束だよ。苦しくない?ちょっと息が上がってるのが気になるから見せて」
航也の言葉に美優は静かに頷き、聴診器が入ってくる。
「はい、いいよ。喘鳴は聞こえないね。今のうちに吸入しとこう」
そう言われて大人しく従い、吸入を済ませる。
リビングに戻ろうとすると、航也が1つ提案をする。
「美優の体調が今大丈夫だったら、このまま俺ら2人で買い物に出ないか?
あの2人ならちょうど準備してる最中だから、買い忘れた物があるとか言って出て行けるだろ?翔太と華ちゃんの2人きりにできるチャンスかなって」
「うん、そうだね!それがいいね!」
リビングに行き、それとなく買い物に行くと伝えて、2人は家を出る。
出る直前に華にウィンクしたから、きっと気付いてくれるはず!!
一応、華に「今がチャンスだよ!頑張れ!」ってメールを送っておいた。
〜翔太と華〜
航也と美優が出て行ってから、携美優からのメッセージを見て、さらにドキドキが止まらない…
タコパの準備どころでは無くなり、いつ切り出そう、どう伝えよう…そればかりが頭をグルグル回っている。
でも、せっかく2人が作ってくれたこの時間をムダにしてはいけないと思い、意を決して翔太に話そうとした瞬間、ネギを切ってた包丁をスベらせて、指を切ってしまった。
「痛ッ!!」
「え?どうした?指切っちゃった?」
左手の人差し指から出血してる…
「ごめんなさい、考え事してたら…」
「まず水で良く洗って見せて?」
翔太の真剣な横顔が目の前にあって、思わず痛みも忘れて見とれてしまう…
「傷はそんな深くないみたいだけど、航也が帰って来たら診てもらおう」
準備を一旦中止してソファに移動する。
航也の家のことを大体わかっている翔太は、どこからか絆創膏を持ってきて華の指に貼ってくれた。
「ありがとうございます。
翔太先生?翔太先生って…好きな人はいないの?」
華は不意に聞いてしまった…
「ん?俺?どうしたの急に?気になる?」
「いや…うん」
華は質問した途端、自信を無くしかけて、やっぱり聞かなきゃよかった…と後悔し始めていた。
「好きな人、いるよ」
「えっ?あぁ、やっぱり…そうですよね…」
(やっぱり…そうだよね、当たり前だよね…こんなに優しくて、かっこ良い先生だもん…モテないわけがないよね…好きな人くらいいるよね…)
「俺の好きな子はさ、すごく友達思いで優しくて良い子なんだよ。いつも入院中の親友のことを心配しててさ、自分のことよりも周りを大事にできる子なんだ。将来は俺みたいな先生になりたいって言ってくれててさ、俺その子が大好きなんだよね」
(そっか…入院中の親友のこと…先生になりたい…ん…え?)
ハテナがいっぱい浮かんでいる華がゆっくり顔を上げると、ニコッと微笑む翔太の顔があった。
「華ちゃん…俺じゃ駄目かな?」
「え…?」
「俺、華ちゃんと出会ってから、こんなにも友達思いの優しい子がいるんだって思って…優しくて良い子だなって。
だけど25の俺のことなんて相手にしないだろうって思って、諦めようとしたけど、やっぱり無理だった…俺、華ちゃんが好きなんだ。ごめん、急にこんなこと言われても困るよな…」
「今私のこと…好きって言った?私も…ずっと先生のことが好きでした。今日も本当は華と鳴海先生に協力してもらって、家に翔太先生呼んでもらって…いつ気持ち伝えようってずっと考えてて…グスン」
華は緊張と嬉しさと…色んな感情が混ざり合って、気付いたら涙をポロポロ流しながら、それでも自分の気持ちを必死に伝える。
すると急に翔太に抱きしめられた。
「ありがとう。そんなに思ってくれてたなんて、知らなかった。俺鈍感だから」
そう言って翔太は微笑んだ。
「私も…自分なんか相手にされないと思ってたから…嬉しい」
「フフッ、俺たち両想いだったってことだな(笑)」
「うん」
「俺と付き合ってくれる?」
「私の方こそ…お願いします」
こうして2人は晴れて付き合うことができた。
〜1時間後〜
美優と航也が帰って来た。
2人は、華と翔太がどうなったかわからず、恐る恐るリビングの扉を開ける…
「2人とも、おかえり!」
華の元気な声が聞こえる。
「ただいま…」
…ん?どうなったの?と言わんばかりに美優は華の表情をうかがう。
そして華と翔太が、無事に付き合うことになったことを知った。
「やったね、華!だから大丈夫って言ったでしょ?!」
「おっ、よかったな!」
「うん、2人ともありがとう」
翔太以外の3人で喜び合っていると、
「みんなで俺をハメたな(笑)」
翔太が口を開く。
「わりぃ。奥手のお前のことだから、こうでもしねぇとな。なぁ、美優?」
「翔太先生ごめんね。これから華のこと、よろしくお願いします」
「はい!承知しました!」
翔太ははにかみながら答える。
「よし!これでめでたく2人がカップルになれたわけだし、これから4人で仲良くしてこうな。それと、鳴海先生、翔太先生はやめない?みんな呼び捨てで良いよな」
航也の提案に賛成し、4人はお互いを呼び捨てで呼び合うことになった。
「あっ、そうそう。そういえば、華がさっき包丁で指切っちゃってさ、航也帰って来たら診てもらおうって話してたんだよ」
「は?お前、先に言えよ」
「わり、美優と華が喜び合ってたの見てたら、雰囲気に飲まれた」
「華、指見せて?深く切ったの?」
「うぅん、すぐに血止まったから大丈夫」
絆創膏を剥がし、航也が傷口を見る。
「傷は深くないな。一応、消毒して包帯巻いておこう」
そう言って慣れた手付きで丁寧に処置してくれた。
「さてと、美優と華はそこ座って待ってて。俺と翔太で準備するからさ」
そう言って航也と翔太はキッチンへ向かう。
「華、よかったね」
「うん、美優本当にありがとうね」
美優と華は2人に聞こえないように小さい声で喜びを分かち合った。
作戦が無事に終われたこと、華の幸せそうな笑顔を見れて美優はホッとする。
その後、たこ焼きをみんなで作って食べて、楽しい時間を過ごす。
とても幸せな時間。
みんな程はまだ食べれないけど、楽しい雰囲気のおかげで、いつもより食べることができた。
たこ焼きが終わり、翔太からもらった果物を航也が切ってくれてテーブルに出してくれた。
桃やグレープフルーツの甘い香りが部屋中に広がる。
指を怪我した華に代わって、航也と翔太が率先してやってくれる。
美優と華はそんな2人に甘えてゆっくり過ごさせてもらう。
「翔太からもらった桃甘いね!」
「うん、美味しい!」
女子2人が美味しそうに果物を頬張る姿を航也と翔太は微笑ましく見ている。
それから4人でトランプゲームをしたり、テレビゲームをしたり、時間も忘れて楽しいひと時を過ごした。
時刻は気付けば午後8時半。
それから交代で華→翔太→美優→航也の順でお風呂に入る。
航也がお風呂に入っている間、リビングで3人がくつろいでいる時だった。
突然、美優の鼻からタラ〜と水っぽい物が流れた。
ん?鼻水かな?そう思って手を見ると真っ赤な鼻血だった。
「あっ」
美優の声に2人が振り向く。
「美優?」「どした?」
美優が抑えていた手を離すとポタポタと鼻血が流れる。
すぐに翔太がティッシュを持ってきてくれて鼻を抑えてくれる。
「鼻血出ちゃったね。俺抑えるから楽にしてて」
美優は頷き、華は心配そうに美優の横に座り背中を擦ってくれる。
「美優、お風呂でのぼせた?」
華が聞いてくれるが、長湯はするなって航也に止められてるし、いつも通りの時間で上がった。
美優は小さく首を横に振る。
3分以上経っても鼻血は止まるどころがむしろ増えている。
ティッシュが見る見る赤く染まっていく。
その時、お風呂から上がった航也が戻ってきた。
「航也!美優が鼻血出しちゃって」
華が慌てて航也に伝える。
「え?」
少しびっくりした様子で美優に駆け寄る。
「翔太サンキュ。いつから?」
「3分くらい前から、まだ全然止まってないわ」
「わかった。俺変わるわ」
翔太が抑えてたティッシュを見て出血量を確認する。
新しいティッシュに変えてまた美優の鼻を抑える。
「美優?気持ち悪くない?」
美優は頷くが、さらに5分が経過しても鼻血は止まる気配はなく、ティッシュを外した途端、ポタポタ垂れてくる。
「翔太、ちょっと時間見ててくれる?出血が続いた時間把握しておきたいから」
「わかった」
「美優、大丈夫だからね。
お話だけ聞いて。前に薬の副作用で血が止まりにくくなってるって話ししたでしょ?
入院してる時は点滴で出血を起こしにくくする薬が入ってたから大丈夫だったけど、外泊するのに点滴一旦終わりにしたから、そのせいだと思うんだ。
だから心配しなくて大丈夫だけど、出血が止まらないから、ちょっと点滴入れるからね。いい?」
初めてのことに美優は動揺を隠せない。
「うん…ハァ、ハァ、ハァ」
だんだんと美優の呼吸が荒くなる。
「美優、怖がらなくて大丈夫だよ。翔太、ちょっと俺、隣の部屋から点滴取ってくるから、美優の鼻抑えててくれる?
美優、過呼吸にならないように深呼吸だよ」
「わかった」
翔太が代わる。
出血してから既に10分以上が経っているが、出血量は増える一方。
航也を待つ間に貧血の症状が出始める。
「ハァハァ、あたま…くらくらする…気持ち…悪い…ハァハァ」
美優が小さな声で呟く。
「華、何か容器取ってきて。吐くかもしれないから」
「うん」
翔太に言われ華が洗面所から小さいバケツを持ってきてくれた。
それと同時に航也が戻って来た。
「航也、めまいと吐き気出てきたみたい」
翔太が伝える。
「わかった、点滴急ぐな。美優、ちゃんと目開けてて」
点滴のボトルに止血剤、吐き気止めの薬剤を注入し、準備をする。
「美優、ちょっとチクッとするよ。…よし入ったよ、少しずつ楽になると思うから」
それから30分程かけて、徐々に出血も吐き気も落ち着いた。
(やっぱり点滴持ってきてよかった…)
まだ貧血の症状が出てる美優をソファに寝かせて、美優の様子を見ながら、またみんなで何事もなかったかのように談笑を始める。
みんなが心配すると美優が切ない思いをするのをみんなわかってるから。
航也、翔太、華の3人が他愛もない話をしていると、しばらくして美優がウトウトし始める。
「美優ベッド行こう」
航也が声をかける。
「いや…まだ寝ない…ここにいる…」
美優はそう言うがすでに眠る寸前。
「もう眠いんだからベッドで寝るよ。翔太、点滴一緒に持ってくれる?」
「わかった」
そうして美優を航也の部屋のベッドに寝かせる。
航也と翔太がリビングに戻ると華が心配そうに尋ねる。
「美優…大丈夫?鼻血なんてびっくりしちゃった…」
「うん、大丈夫だよ。薬の影響で出血しやすくなってるだけだから、心配かけてごめんな」
「俺らのために色々考えさせて、疲れさせちゃったな」
翔太も責任を感じてしまう。
「まだ体力がないからな…仕方ないよ。でも、今回2人のことが上手くいってホッとしてると思うよ」
こうして、美優と航也の作戦は成功し、華と翔太がめでたくカップルになり、幸せな結末を迎えることができた。
鼻血が出るというトラブルもあったが、翌日無事に予定通りの時刻に病院に帰って来ることができ、2回目の外泊リハビリは終了した。
季節は5月上旬。
外は新緑に囲まれ、過ごしやすい季節になってきた。
この時期には、毎年2泊3日の泊まりでの課外授業が行われる。
対象は院内学級や外来通院に通う子供達。
行き先は、病院からバスで2時間程の距離にある自然豊かな山の中。
近くに湖やコテージがあり、軽いハイキングをしたり、みんなで作ったカレーを食べたり、キャンプファイヤーをしたり、野外での活動を通して、子供達の体力づくりや、心の健康を図る目的で行われている。
夜は、病院が持っている宿泊施設に泊まる。
この宿泊施設は、こうした課外授業などに利用できる。
施設内には、宿泊中に何かあった場合に簡単な治療や処置が出来るように設備が整っている。
課外授業には、数名の医者や看護師、ボランティアも同行する。
美優のように呼吸器疾患を持つ子にとって、自然の空気を吸うことは、呼吸機能の強化や安定が期待できる。
航也は翔太と相談し、美優を参加させようと考えていた。
美優が参加すれば、航也も勤務を調整し医師として参加しようと考える。
〜病室〜
「美優、今ちょっと良い?」
「うん、なに?」
航也は課外授業のチラシを美優に渡す。
「毎年この時期に2泊3日であるんだけどさ、美優もどうかな〜と思って」
「課外授業?泊まり?」
「うん、そう。山の中に行くんだけどさ、空気もキレイだし、湖もあって、美優の喘鳴にも良いと思うんだ。
美優が行くなら俺も付き添いで参加しようと思うし、翔太が華ちゃんもボランティアとして誘ってみるって言ってたよ。どうかな?」
「航也も翔太も華もみんないるなら安心だね。うん!行ってみたい。なんか修学旅行みたいで楽しそう!」
目をキラキラさせて喜ぶ美優。
「ハハハ、そうだな。授業っていっても、自然の中で子供達の気分転換をさせるみたいな感じだからさ、そんな堅苦しいもんじゃないから大丈夫だよ。
美優の場合、あんま外に体が慣れてないから、無理はさせられないから、できることには参加して、無理は絶対にしないこと。まぁ、俺が付いてるから無茶はできないけどな」
「うん、そうだね。参加できるだけでも嬉しい!」
「翔太に参加するって伝えとくな。行くのは2週間後だから、体調崩さないように気を付けような」
航也は美優の頭をクシャっとして出て行った。
喘息は、気圧や気温の変化などで発作が起きやすくなるため、山に入る時はバスの中でも注意が必要。
〜課外授業5日前・事前カンファレンス〜
参加する子供達の主治医、看護師、院内学級の先生、ボランティアの代表者が集まり、カンファレンスが開かれた。
今回、美優、奈々、レン、ほのか、みさきを含めた子供達8人、航也を含めた医者2人、翔太を含めた院内学級の先生2人、看護師5人、医学生や看護学生や華を含めたボランティア5人の計20人余りが参加することになった。
子供達8人の病状や様子を把握し、航也ともう1人の医師とで急変時に対応出来るようにしておく。
看護師やボランティアも必要な物品や薬剤を確認しながら準備を進めてくれることになった。
美優以外の子は、心臓病、小児がん、腎臓病など様々な疾患がある。
1人1人の病状に合わせて、適切な対応が求められる。
カンファレンスに参加しながら、翔太は航也のすごさを改めて感じていた。
〜航也と翔太〜
カンファレンスを終えた夜、翔太と航也は珍しく時間が合い、片方の家で夕飯を食べることになった。
「今日も1日お疲れ。乾杯」
翔太はビール、航也は病院から呼び出しがかかっても良いようにノンアルコールを飲む。
「もう少しで課外授業の日だけど、美優の具合どう?」
翔太が尋ねる。
「あぁ、今の所体調は落ち着いてる。本人も修学旅行みたいって言って楽しみにしてるからな、行かせてやりたいしな」
「そうだな。当日の朝10時に病院を出発して、1回途中でサービスエリアで休憩して12時頃に現地到着だな。昼食食べてから自由行動だから、近くを散策しても良いし、部屋で休んでもいいし。夕方から外でみんなでカレー作って、キャンプファイヤーする予定。泊まる部屋は、男女別の二人部屋だから、美優と華を一緒にさせた。俺と航也が同じ部屋。華には美優に何かあれば、俺らどっちかに連絡するように伝えてあるから」
「わかった、サンキュー。そのキャンプファイヤーだけどさ、美優は煙吸うと良くないから、離れた所でお願い。2日目はどんな予定だっけ?」
「煙な、わかった。2日目は湖の周りをハイキングするけど、美優は体調次第だよな?まだそんな歩けないしな。
その日はハイキング終わって昼食食べたら自由行動だな。
夜は食堂に集合してレクリエーションでビンゴ大会する予定になってるよ」
それぞれ、病気を持っている子供達に合わせて、自由行動の時間を多く取って、無理のないスケジュールになっている。
「わかった。ハイキングは長い距離は歩けないけど、まぁ美優の体調見ながら考えるわ」
「了解。華にはボランティアとして、準備とか子供達の世話とかやってもらうけど、なるべく美優の側にいてもらえるように配置組む予定」
「わかった。色々ありがとな」
翔太は医療スタッフ、ボランティアが動きやすいように調整を組む役目があり、美優が安心して過ごせるように考えてくれている。
〜出発の2日前の朝〜
航也がナースステーションに顔を出すと、朝の検温を終えた看護師が声を掛ける。
「鳴海先生、おはようございます。美優ちゃんなんですが、朝の検温で37.1でした。体のダルさや息苦しさはないようですが、ピークフロー値もいつもより低めでした」
「ありがとう。夜は良く眠れてた?」
「はい。2時間毎のラウンドに行った時は、スヤスヤ眠っていました」
「わかった。ちょっと本人の様子見てくる」
「はい、お願いします」
看護師と会話を交わし、航也は美優の病室に向かう。
「美優、おはよう。微熱あるんだって?どれどれ」
美優のおでこに手をやる。
「うん、いつもよりあったかいな。診察させて」
「うん」
いつものように一通り診察をする。
「いいよ。ピークフロー値の表も見せて」
美優は航也に言われた通り、毎朝ピークフロー値を測定し、自分で記録に付けている。
(やっぱりいつもより値低いな…)
「今日はちょっといつもより数値が低いね。俺に合わせてもう1回測ってみよう。思いっきり息を吸って一気に吐くよ。いい?はい、じゃあゆっくり吸って〜吐いて!」
「フゥーーッ!…コホッ」
美優は航也に合わせて思いっきり息を吐くが、思わず咳き込んでしまう。
「大丈夫か?うん…やっぱり数値低いな。今、息苦しい?」
「う〜ん…苦しくはないけど、喉の奥に違和感がある感じ。
なんていうか…詰まってるみたいな」
「そっか。じゃあ、ここで1回吸入しとこ。看護師さんにネブライザー用意してもらうから」
ネブライザーとは、いつもの吸入器とは違い、酸素マスクをして薬剤の煙を吸うやつで、苦しくなるから美優は苦手…
発作傾向だと咳込みも多くなる。
「え…いつもの吸入器じゃだめ?」
「明後日の泊まりに行けなくなったら嫌だろ?念の為、ネブライザーやっとこ」
「うん…」
看護師がネブライザーを用意してくれ、美優はマスクをして出てきた煙を吸う。
「ゴホッ、ゴホッ…」
(やっぱり咳が出るな…発作出やすくなってんな…)
航也はそう思いながら、美優に声を掛ける。
「美優苦しいね。慌てなくていいから、ゆっくり煙吸うぞ。ゆっくり息吸って〜吐いて〜…そうそう、上手だよ」
10分後、ピーとネブライザーの終了音が聞こえる。
美優はグッタリ…
「よく頑張ったな。今日は院内学級行かずに休んでるか?」
「うん…そうする…」
「わかった、翔太に伝えるわ」
航也はその場で翔太にピッチで連絡する。
「あ、翔太?今日なんだけどさ、美優大事とって休ませるわ。うん、わかった、伝えとく」
翔太が夕方、ベッドサイド授業に来てくれるらしい。
〜夕方〜
「遅くなってごめんな」
翔太が来てくれた。
「今日は行けなくて、ごめんなさい」
「謝る必要なんてないよ、体調はどんな感じ?」
「うん、さっき看護師さん来てくれて、まだ微熱があるって言ってた。でも苦しくはないから大丈夫」
「そっか、わかった。じゃあ、今日は古典をやろうかな。無理しなくていいからな」
「はーい」
美優は古典の教科書を開き、翔太が教えていく。
最後に教わった範囲のプリントをやって終わりにする。
「コホッ、コホッ」
真剣にプリントに取り掛かっている美優だか、時より咳をしているのが気になる。
「お疲れ様。今日はこの辺にしようか。ちょっと咳出てたけど、大丈夫?」
「咳?出てた?大丈夫だよ。
明日の課外授業楽しみだね!華も来るんでしょ?」
(咳出てるの無自覚なんだな…)
「うん、来るよ!華、美優の面倒見る気満々だから(笑)
航也も今の様子なら大丈夫って言ってたし、だから体調崩さないように今日は早く寝なよ?」
「うん!早く寝るね!」
美優の病室を出て、翔太は航也のいる医局に顔を出す。
「航也、仕事中悪いな。今ちょっといいか?」
「あぁ、大丈夫だよ」
「さっき美優の授業終わったんだけどさ、何度か咳き込んでたわ。だけど、本人は自覚ないみたい。微熱もまだ続いてるみたいだな」
「そうなんだよな。ピークフロー値が下がってるから、泊まりの時ちょっと注意しないとと思ってる。気圧とか気温の変化で発作が起きないかちょっと心配だな」
「そうだな。まぁ、その為にスタッフが大勢いるからな。ボランティアの方にも周知しとくよ」
「あぁ、頼むな」
〜課外授業前日〜
美優は、微熱から上がることはなく平熱に戻ったが、依然としてピークフロー値は低いままの状態が続いている。
今日は大事を取って病室で過ごす。
そこに看護師が入ってきた。
「美優ちゃん、課外授業いよいよ明日ね。鳴海先生も華ちゃんも行けるみたいで良かったわね。私も病棟の看護師として同行するから、何かあれば遠慮なく言ってね。これから一緒に明日の準備しようか」
そして、看護師さんと一緒に荷物の準備をする。
「吸入器も薬もしっかり持ったね。着替えも上着も入れたし、準備万端ね」
そして夜。
夕飯を食べ終わり、もう1度荷物の最終確認をして、洗面台で歯磨きをしていた時、美優は少しの息苦しさを感じる…
急いでうがいをし、ベッドに座り呼吸を整えるが、なかなか苦しさは引いてくれない。
「ハァ、ハァ、ハァ」
(明日は楽しみにしていた泊まりなのに、嫌だな…)
ナースコールを押そうかと思ったけど、今発作が起こったことが分かれば、明日行けなくなるかもしれない…
そんな不安が先に立ってしまい、ナースコールを押さずに吸入器を吸って、そのままベッドに入って眠ることにした。
目を閉じて少しすると息苦しさがだんだんと和らいでいった。
そのままウトウトし眠りに落ちそうになっていた時、静かに扉が開く音がした。
美優は目を閉じたまま、とっさに寝たふりをする。
そっとおでこに手が乗り、すっと聴診器が滑り込んでくる。
すぐに航也だとわかった。
このままバレませんように…
美優は心の中で必死に祈る。
祈りが通じたのか、そのまま航也は部屋から出て行った。
バレずに済んだ?…よかった…
〜ナースステーションにて〜
航也が夜勤看護師に声を掛ける。
「美優なんだけどさ、たぶん発作が起きたと思うんだけど、本人から何か聞いてる?」
「いえ、本人からは何も…」
「そう。吸入器の残量が減ってたから自分で使って寝たんだと思うんだけど、発作後の肺雑がしっかり聞こえてたからさ。
また夜中に何かあったら、当直の先生に連絡よろしく。
俺明日の課外授業の同行あるし、今日は帰るから」
「はい。美優ちゃんいつもはちゃんとナースコールで教えてくれるんですけどね。明日行けなくなると思って言わなかったんですかね…」
「だと思う(笑)」
「でも美優ちゃんの気持ちも分かりますよね。自分でちゃんと吸入できて、えらかったですね」
「うん、だからあえて何も言わないでおいた。ちょっとずつあいつなりに成長してるんだなって思って。まぁ、明日の朝になったらしっかり伝えるけど」
「わかりました。注意して見るようにしますね」
「うん、よろしく」
〜夜中1時過ぎ〜
「コホッ、コホッ、コホッ」
美優の部屋から咳き込む声が聞こえる。
看護師が部屋に入ると、美優は寝苦しいのか何度も寝返りを打っている。
sPO2を測定すると95〜97%を行ったり来たりしている。
値としては低い。
「美優ちゃん、美優ちゃん?
ちょっと苦しいかな?ベッド少し上げるね」
「うん?…だいじょうぶ…コホッ」
「美優ちゃん?今我慢すると後でしんどくなっちゃうから、苦しかったら正直に教えて欲しいな」
「うん…少し…息が吸いづらい…ゴホッ」
「うん、教えてくれてありがと。当直の先生に診てもらおうね」
しばらくすると、美優の知らない先生が入ってきた。
「鈴風さん、ちょっと胸の音聞きますね」
知らない先生に緊張するけど…終わるまでじっとする…
「喘息の発作ですね、ネブライザーと点滴しましょう」
そう言い、看護師に指示を出す。
夜中にネブライザー…
きっと航也だったら寝不足や体力消耗を考えて、夜中にネブライザーをすることはないだろうけど、今はこの先生に従うしかない。
「美優ちゃんちょっとチクッとするよ、ごめんね。次はマスクしてね、煙出てくるよ」
看護師さんがテキパキと準備をしてくれる。
「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ、ハァ、ハァ」
「美優ちゃん苦しいね、ゆっくり深呼吸よ」
看護師が背中をさすり、ネブライザーが終わるまで付き添ってくれる。
しばらくすると苦しさは遠のいていったが、何だかさっきからお腹が痛いような〜、違和感があるような…
でも発作の次に腹痛があるなんて知られたら、今度こそ泊まりに行けなくなってしまう…
そう思うとまたナースコールを押すことができず、ただお腹の違和感が過ぎ去るのを待つ。
時計を見ると3時。
発作後のダルさとお腹の違和感とが相まって、眠たいのに眠れない…
1時間後、看護師がラウンドに来た音がして美優はうっすら目を開ける。
「美優ちゃん、眠れない?呼吸は落ち着いてるから大丈夫よ」
そう声を掛けてくれるが、美優はウトウトするものの、ぐっすり眠ることができずに朝を迎えた。