ずっと、そばにいるよ

「コホッ、コホッ」

航也は、美優の咳き込む声で目を覚ます。

そのまま様子を見るが、咳は続かないようで一安心。

スヤスヤ眠る美優を起こさないようにリビングへ行く。

時刻は15時半過ぎ。

「はぁ〜よく寝た」

航也は伸びをして、コーヒーを入れる。
そして、パソコンの電源を入れ、リビングで仕事を始める。

医者は病院で勤務する以外にも色々と事務仕事があるのだ。

美優が起きるまで仕事を進める。


30分後
「コホッ、コホッ……コホッ」

再び寝室から美優の咳が聞こえてきた。

航也は寝室に行き、そっと聴診器を滑り込ませ、胸の音を聞く。

微かに聞こえる喘鳴。

「みゆ?美優?」

「…ん?」

「起こしてごめんな。少し咳出てるな。苦しくないか?」

「う〜ん…苦しくはないけど、ちょっと胸の辺りが違和感がある…かな?」

「うん。美優、その違和感が発作の始まる前兆だと思うから、ここで一旦吸入しとこうか?」

「うん」

美優は眠い目を擦りながらも、落ち着いて吸入できている。

「よし、上手だよ。さっきみたいに違和感を感じた時点で吸入するといいよ」

航也は、今後も同じようなことが起きた場合に美優が対処できるように丁寧に指導する。

「リビングにおいで」

美優をソファに座らせる。

「遅い昼飯だけど、うどんでいい?」

「うん」

航也がうどんをさっと作ってくれて、2人で食べる。

航也が食べ切れる量を盛ってくれて、何とか全部食べ切ることができた。

それから美優はソファでDVDを見たり、携帯の音楽を聴いたりして過ごし、航也はお皿を洗ったり、洗濯物を干したりしている。

美優が家事をするのはまだ禁止らしい。

少しぐらいできるよって反論したけど、家で過ごすことが目標と言われ、ソファにいるよう命じられた。

家事を終えた航也は、またパソコンの前に座り、カタカタと打ち込んでいる。

航也の邪魔をしてはいけないと思いながらも、飽きてきた美優は、真剣にパソコンを見つめる航也に視線を送る。

すると航也が美優の視線に気付き、チラッとこっちを見る。

「ん?どうした?」

「うぅん、ただ見てるだけ(笑)」

「なに、寂しいの?」

そういたずらに聞きながら、美優のソファにやってきた。

航也はソファに座ると、美優をひょいっと持ち上げ、向い合わせに座らせる。

「ちょっ!重いよ?航也の足潰れちゃう」

「ハハ、全然重くないよ。主治医として、美優の体重は把握済みだし(笑)」

「え?何それ?ひどーい!」

「は?当たり前だろ。薬の量は患者の体重や年齢から考えて決めるんだぞ。初めて美優が入院してきた時から知ってるよ(笑)美優はもっと食べて太らないとな」 

知らなかった…
主治医とは言え、好きな人に体重を知られていたなんて…

急に恥ずかしくなり、下を向く。

「おいおい…今さら何だよ(笑)ほら可愛いいお顔見せて?」

「ん?かわいい?」

可愛いという言葉に反応する。

何度も言って欲しくて、航也を見上げる。

「もちろん。ねぇ、その上目遣い反則だから」

「こうや?」

「ん?」

「美優のこと、好き?」

「なに急に?もちろん大好きだよ」

「フフッ、美優も航也が大好き」

航也と美優は互いに甘い言葉を交わして、美優は航也の胸に顔を埋める。

航也は美優の髪の毛を優しく何度もなでる。

「航也?私の病気って…良くなる?みんなみたいに…元気になれる?」

唐突に聞いてみる。

「うん、美優たくさん頑張ってるから、体調が良くない日もあるけど、少しずつ回復してるよ。だからこうやって一時外泊できてるでしょ?」

「うん。航也を信じてる。大好き…」

「俺もだよ」

そんな甘いひと時を過ごしていたのだけれど…

やっぱり体は正直で…

美優は少しのダルさと微かな息苦しさを感じ、体の力が抜けていく…

美優「コホッ、コホッ」

また少し咳も出てきた。

航也も美優の体の力が抜けて、自分に体重を預けてきたのがわかる。

「美優?ちょっと疲れた?少し体熱いな、ちょっと熱測るよ。胸の音も聞かせて」

美優をそっとソファに寝かせ、聴診器と体温計を取りに行く。

「美優、深呼吸してごらん」

「スーハー、スーハー」

美優は黙って航也に従う。

「やっぱり喘鳴が聞こえるし、熱も上がってきたな」

体温計を見ると37.8の数字…

美優の気分は一気に下がり、現実に引き戻される…

何でこんなに病弱なんだろ…

そんな美優の様子を見過ごすわけはなく、航也がすかさず言葉を掛ける。

「美優?このくらい俺の想定内だから大丈夫。だから俺と一緒にいるんでしょ?」

「でも…早めに病院に戻らなくちゃいけない?」

「いや、これ以上熱が上がったり、重責発作が出なければ、予定通り明日の夕方で大丈夫だよ。一応、とんぷくの薬も飲んでおこう」

「うん、よかった…」

そう言う美優に薬を飲ませ、背中をトントンしていると、しばらくして寝息が聞こえ始めた。

やっぱりまだ体力がないよな…

航也は美優の体調を気にしながら一晩を過ごした。