ずっと、そばにいるよ

航也と華が無事に同盟を結んだ翌日、美優は高校に復帰することができた。

マンションから高校までは、バスで15分。

自転車で十分通える距離だけど、主治医の許可が下りるわけもなく…バスを使うように航也に言われた。

「自転車の方が寄り道出来ていいんだけどな…」

鏡の前で髪をとかしながら、美優がブツブツ独り言を言っていると

「おいっ、また倒れたいのか?」

ヤバっ、航也の耳にばっちり聞こえてた(笑)

「体育は駄目だからな、薬忘れず飲めよ、何かあったら連絡しろよ」

「はいはい、わかってるよ。バス来ちゃうから私行くね!」

航也のお説教モードが入る前に何とか家を出られた(笑)

幸い、マンションと高校にはそれぞれ目の前にバス停があり、ほとんど歩かずに通学できるのはありがたい。

1ヶ月ぶりに教室に入る。

「きたきた!美優おかえり〜!」

美優を真っ先に見つけた華が、抱き付いてきた。

「ちょっ華、苦しいよ〜」

「あぁ、ごめん、ごめん」

華のオーバーリアクションのせいでクラス中の視線が集まる。

「美優ちゃん、おはよう!」
「久しぶり!大丈夫だった?」
「無理しないでね」

みんな思い思いに声を掛けてくれる。

本当にこのクラスで良かった。

クラスメイトに温かく迎えてもらって、美優はまた高校生活に戻ることができた。

もちろん、美優が主治医と付き合ってること、華と主治医が同盟を組んでいることは、美優と華だけの秘密。

思春期真っ只中のクラスメイトにバレたら、色々騒がれて、面倒なことになるのは、美優も華も避けたい(笑)


移動教室へ移動してる時
「美優、まだ病み上がりなんだから、無理しないでよ。具合が悪くなったら私にすぐ教えて?」

華が周りに聞こえないように小さめの声で言ってくれる。

「うん、ありがとうね。朝から航也にも釘さされてきた…」

「ハハハ、でもこれで私も安心したよ。だって今までの美優はさ、何もかも全部1人で背負って我慢してさ、いつか倒れちゃうんじゃないかって本当に心配だったんだよ。
だから、鳴海先生がそばにいてくれて本当に良かったよ」

「うん、華ありがとう」

華とそんな会話を交わして、華の監視付き?だけど、楽しい高校生活が再開した。


学校が終わり、携帯を見ると航也からラインが来ていた。

「学校終わったか?体調は大丈夫か?今日は予定通りの時間に帰れそう」
という内容だった。


そのままバスに乗り、真っ直ぐ航也と暮らすマンションに帰る。

久しぶりの学校は楽しかったけど、気も張って大分疲れた…

ソファに座ると美優は制服のまま眠ってしまった。

リビングの扉が開く音で目が覚めた。

「ただいま。美優どうした?ソファで寝て。疲れたか?」

「あっ、おかえりなさい。学校から真っ直ぐ帰ってきて、気付いてたら眠ってた。ごめんなさい、まだ夕飯の準備出来てなくて…」

「いやいや、そんなのは全然いいよ。美優は俺の家政婦じゃないんだから、家事なんてしなくていい。ソファでぶっ倒れてるかと思ったから焦った」

そう言いながら、いつものように一通り診察を始める。

美優は大人しく終わるのを待つ。

「ん、いいよ。大丈夫そうだな」

それから航也が作ってくれた夕飯を食べて、お風呂に入って、ソファでくつろぐ。

航也はソファの前のテーブルにパソコンを置いて、何やら仕事をしている。

美優には難し過ぎて良く分からないけど、誰かが同じ空間にいるだけで、美優はホッとできた。

「ねぇ、航也?お仕事中ごめんね」

「ん、なに?学会の資料まとめてるだけだから大丈夫だよ、どした?」

「あのさ、バイトのことなんだけど…ずっとお休みさせてもらっちゃってるから、そろそろ行っても大丈夫かな〜って」

「あぁ、そうだな。ん〜、俺としては、バイトの掛け持ちは美優の体調を考えるとあまり許可できないな…」

「うん…でも、私…これから入院費とか治療費とか、それに生活費とか進学費用とか、色々考えるとバイトしないとだから…」

お金が美優の一番の心配事だった。

「あぁ、そのことだけど、入院費も治療費も俺が支払い済ませてあるから大丈夫。
俺が働いてる病院に入院してたわけだし、美優の費用払うくらい、どうってことないよ。
生活費だって、俺と一緒に住んでるんだから要らないし、進学資金も俺が出すつもりでいるから、心配すんな」

「え?でも悪いよ…私の親でもないのに…そんな負担かけられないよ…」

「俺はさ、美優の彼氏であって、主治医であって、親代わりだとも思ってる。美優は、今まで辛い思いして、1人でよく頑張ってたと思うよ。
でもさ、まだ美優は高校生なんだ。普通はお金の心配せずに、勉強に集中したり、友達と買い物行ったり、食事したりさ。
これからは高校生らしく、毎日を楽しく過ごしてほしいと思ってる。
美優はこれから、喘息と上手く付き合いながら過ごしていかないとだから、主治医としても無理はさせられないな。
美優がどうしてもって言うなら、あまり体の負担のかからないバイトを週1日くらいなら、許可してもいいけど…」

「ほんとに…何から何まで…ありがとう…グスン」

美優の目からは、嬉し涙が溢れる…

「いいの、俺が勝手にやりたいだけだから。それに来年は高校3年だから、受験勉強が本格的に始まるだろ?
美優は将来、何がしたいの?」

「私ね、子供が好きだから、保育園の先生がいいかな〜って。華はたしか…学校の先生とか言ってたかな?」

「そっか。2人とも合ってると思うよ、頑張れよ!」

航也とこんな会話をしてから、美優は色々と考えて、週1日だけカフェのバイトをすることにした。

(自分のお小遣い分くらいは自分で稼ぎたいし、もうすぐやってくるクリスマスくらいは、何か航也にプレゼントを買って喜ばせたい)

彼氏彼女には欠かせない大事なイベントに胸を踊らせながら、美優は航也との幸せな日々を噛み締めていた。

それから、大きく体調を崩すこともなく1ヶ月が過ぎ、12月。すっかり外はクリスマスモード。

〜美優と華〜
「美優、あと少しでクリスマスだけど、鳴海先生に何かプレゼント用意したの?」

華から唐突に聞かれる。

「ん〜、それがまだなんだよね…何が良いかな〜って考えたら、もうこんな時期になっちゃった(笑)」

「え??ちょっとあんた、鳴海先生と初めて2人で過ごすクリスマスでしょ?!急がなきゃじゃん!全く美優は呑気なんだから〜。じゃあ、今度の休みに一緒に買いに行こう!」

「え?!本当にいいのー?
なんか華の方がめっちゃ気合い入ってるけど(笑)ありがと〜」

「当たり前でしょ!美優の恋愛をサポートする役目が私にはあんのよ!」

ハハハ…よく意味が分からないけど、まっ、いっか(笑)
華は1度エンジンがかかったら止まらないから(笑)


〜次の休日〜
華と近くのカフェで待ち合わせる。

めっきり寒くなり、コートにマフラーをして、体調を崩さないように完全防備する。

「美優、おまたせ〜」

「うん、私も今来たとこ」

2人でカフェオレを飲みながら、どこの店に行こうか、何を買おうかと話し合う。

「25歳の人って、何もらえば喜ぶとか、全然分からないよ〜。そんなに高い物は無理だしさ…」

「ん〜、ペアのマグカップとか、お揃いの物はどう?
うちら高校生なんて、そんな高価な物買えないんだしさ。
美優からもらった物なら、何でも喜んでくれると思うよ!」

「うん、そうだね!」

美優と華は、いくつかの店を回り、無事に可愛いいペアのマグカップを買って、可愛くラッピングもしてもらえた。

それと、雑貨屋でたまたま見つけた熊のぬいぐるみのバックチャーム。
これもペアになっていて磁石で2つの熊がくっつくのが可愛くて、マグカップと一緒にプレゼントすることにした。

買い物を終えて、華とレストランに入って昼食を食べることになった。

「お腹空いたね〜、美優は何にする?」

メニュー表を見ながら華が聞いてくる。

「ん…私はミニサラダにしようかな」

「えっ、美優それだけ?足りるの?ちょっと疲れた?」

「うん、大丈夫だよ!ちょっと食欲ないだけ」

笑って誤魔化そうとしたけど、相手は航也と同盟を結んだ華だった…

そう思った時にはもう遅くて、華の手が美優のおでこに触れる。

「美優、ちょっと熱いよ?お昼食べたら、鳴海先生とこ行く?」

「いや、熱ないよ。そこまでしなくて大丈夫…」

「美優…?私と鳴海先生には嘘付かない約束でしょ??」

バレてる…華には敵わないな…

「あ、うん…ごめん。たぶん…熱ある…」

「素直になれば良し!
鳴海先生には私から連絡しておくから、ご飯食べ終わったら病院行こう?一緒に付いてってあげるから」

そう言って注文をし終えると、華は航也に電話をかけに席を離れていった。

(はぁ〜、気をつけてたのにな…)
自分の病弱な体を恨む。


〜その頃〜
プルルル…

「もしもし?」

「あっ、こんにちは、華です。今、電話大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫だよ。何かあった?今日、美優と買い物行ってるんだよね?」

「はい。今美優と買い物終わって、食事しようってレストランに入ったんですけど、美優食欲ないみたいで…おでこ触ったら少し熱い感じがして、本人も熱っぽさ自覚してるみたいです。これから、病院連れて行った方がいいかなと思って電話しました」

「そっか、連絡ありがとね。美優、息が苦しいとか言ってる?」

「それは今の所、大丈夫みたいです」

「うん、わかった。
じゃ、悪いけど、食事終わったら病院まで連れて来てもらえる?華ちゃん、休日なのにごめんな」

「私は大丈夫です。わかりました、そうします」


病院行きが確定し、美優はさらに気分が落ち込む…

「美優?大丈夫だよ、元気になったらまた行こう」

「うん、華…休みなのにごめんね」

「もう、水くさいな〜。私と美優の仲でしょ!隠し事は無しだよ」

食事を済ませ、店を出る。

近くのバス停のベンチに座り、バスが来るのを待つ。

横を見ると、美優の顔がさっきよりも赤く、息が若干上がってるのがわかる。

「美優、大丈夫?やっぱり病院までタクシーで行く?」

「うぅん、バスで行ける…コホッ」

5分くらいしてバスが到着した。

華は、美優が楽なように窓際に座らせる。

美優は、窓にもたれ掛かりながら目を閉じていている。

その姿に心配が募り、病院までの道のりが遠く感じる…


「美優?もうすぐ着くよ。大丈夫?」

美優は頷き、華に支えてもらいながら、バスを降りる。

バスの到着時刻に合わせて出て来てくれたのか、病院の方から航也が走って来るのが見える。


「華ちゃん、ありがとな。美優どんな?」

「鳴海先生、美優もうグッタリしてる…」

「ありがと。大丈夫だよ、心配かけたね。美優?わかる?
華ちゃんは、これからどうする?一緒に来る?」

「もちろん。美優が心配で帰れないから、一緒に行きます」

「うん、わかった。ありがとな。それにしても、美優の体あっついな」

航也は美優を抱き上げ、病院へ向かう。

病院の入口に入ると、航也は待機していた看護師に指示を出す。

「華ちゃんは、ここのソファで待ってて。そんな心配な顔しなくて大丈夫だよ。発作が出る前に連れて来てくれたから、助かったよ」


〜30分後〜
「華ちゃん、待たせたね」

「鳴海先生!美優は…?」

「うん、来た時やっぱり熱が高かったから、今は薬で眠ってる。胸の音聞いたら、喘鳴って言って、気管が狭くなってる音が聞こえたから、喘息発作の一歩手前って感じかな。
華ちゃんが、異変に気付いてくれて良かったよ、ありがとな」

「私は何も…美優は私の大事な親友だから…美優に何かあったら…私…」

「大丈夫だよ。華ちゃんは優しいな。美優も華ちゃんのこと親友だって言ってたよ。美優が1番信頼してるのは、華ちゃんだからこれからも頼むね。
美優は、またしばらく入院して治療が必要だけど、必ず元気になるから大丈夫だよ」

「よかった…」

「今日は本当にありがとな。これから華ちゃんの家まで送るよ」

「いぇ、私1人で帰れるので大丈夫です」

「いや、美優も落ち着いて寝てることだし、これから休憩時間だから大丈夫。送らせて?」

そうして、航也は華を家に送り届けた。
華ちゃんを家に送り届け、途中コンビニに寄り、缶コーヒーと夕飯を買って病院に戻る。

今日は夕方に勤務が終わる予定だったが、美優がいつ発作を起こすか分からないし、仕事も溜まっているため、病院に泊まることにした。

病室に入ると、まだ美優は眠っていた。

ナースステーションに行くと、日勤看護師が夜勤看護師へ申し送りをしている所だった。

「ごめんね、鈴風さんのことだけど、いつ発作が起きるか分からない状態だから、こまめに様子見に行ってもらえる?
今日は俺、医局にいるから何かあったら連絡して」

看護師に美優のことを頼み、医局に戻り、残ってる仕事を進める。


〜数時間後〜
仕事が一段落し、そろそろ美優の様子を見に行こうと思っていた、その時だった。

航也の胸ポケットに入ってるピッチが鳴った。

「はい、鳴海です」

「鳴海先生!美優ちゃんが発作を起こして、バイタルHR110、P40、SpO2が92%です」

看護師が慌てて状態を報告する。

航也は、美優の状態を聞きながら、聴診器を握りしめ、病室に向かって走り出していた。


〜美優〜
モニターのアラーム音が鳴っている音で目が覚める。

うっすら目を開けると、白い天井…白いカーテン…繋がれた点滴…

(あれ…私…華と買い物に行って…具合が悪くなって、病院に着いて…)

朦朧とした意識の中で思い出す。

その時、
「おい、美優!しっかり息しろ!」

航也の言葉を合図に、一気に自分の息苦しさに気付き、自分が発作を起こしていることがわかった。

「くるし…ハァ、ハァ、ハァ、ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ…ゴホッ、ゴホッ…せん、せい…」

そのまま美優は意識を飛ばした。

「くそっ、急いで挿管準備!」

「はい!」

「美優!口に管入れるよ、ごめんな、少し嫌な感じするよ」

意識のない美優に声を掛け続ける。

航也達の適切な処置によって、美優のバイタルは安定した。

呼吸器管理になった美優は、口から管が入っている状態で鎮静剤で眠り続けている。

呼吸器管理中の患者は、美優のように薬で眠らせることが多い。

退院してから、体調の良い日が続いていた美優だったが、季節は冬。

喘息持ちの美優にとって、1番気を付けて見てやらなければいけない時期だったのに、航也は忙しい日々が続き、家に帰れない日も多く、帰ってもすぐに呼び出しが掛かったりと、美優の体調を満足に見てやれなかったことを不甲斐なく感じていた。

美優の胸の音を聞くと、肺雑音がしっかり聞こえ、かなり大きな発作だったことを示している。

今回の入院は、長期入院になることは避けられないと航也は感じていた。
〜呼吸器管理を始めて1週間〜
美優の状態が徐々に落ち着いてきたので、鎮静剤投与を中止し、呼吸器の離脱に向けて、意識が戻るのを待つことになった。

鎮静剤の点滴を切ってからしばらくして、美優の意識が戻ったと看護師から連絡が入り、急いで病室に向かう。

「美優?わかる?わかったら手握ってごらん?
うん、わかるね。今から、口の管抜くからね。少し気持ち悪い感じがして、咳が出るけど、頑張って深呼吸だよ。俺も看護師さんも側にいるからね」

美優がパニックにならないようにしっかり説明をしてから処置を行う。

初めてのことで怖いのか、涙を流している美優。

ベッドを少し起こしてから、素早く管を抜き、美優の口に酸素マスクを当てる。

美優は、管を抜いた刺激で苦しそうに咳をしているが、こればかりは仕方ない。

看護師が美優の口の中に溜まった唾液を吸引してくれる。

「美優?今、出てる咳は発作じゃないから大丈夫だよ。ゆっくり深呼吸だよ、そう、上手」

咳が続く美優がパニック発作を起こさないように、航也は美優の後頭部とマスクを挟むように両手で押さえながら、美優に声を掛け、モニターの値をチェックする。

sPO2が90、92、95、97%と徐々に上がってくる。

「胸の音聞くよ。深呼吸してごらん。よし、もう大丈夫だな。看護師さん、後でおしっこの管も抜いてあげて」

「わかりました」

無事、呼吸器から離脱することができ、航也もホッとする。

重度の発作を起こした美優の呼吸状態は、まだ予断を許さない状態だが、日に日に確実に回復に向かっている。 

無事に呼吸器から離脱して、1週間が過ぎようとしていた。

離脱後は大きな発作を起こすことはなく、病状は安定している。

ただ1つ、航也には気になることがある…

ここ数日、美優の様子がおかしい。

看護師の記録を確認してみても、看護師の問い掛けに頷いたり、首を振るだけで、美優の発語があまり聞かれていない様子。


〜ナースステーションにて〜
「忙しい所、ごめんね。
鈴風さんの様子はどう?
何か変わったことはない?」

航也は看護師に尋ねる。

「あ、はい。今の所、喘鳴もほとんど聞かれませんし、呼吸状態もバイタルも落ち着いてます。食事も全量とまではいきませんが、半量〜3分の2ほど食べられています。吐き気もないようです。
ただ…以前に比べて表情が乏しいというか、本心で笑っていないような感じがします。
看護師の問い掛けに、ちゃんと反応は示してくれていますが、やっぱり、どことなく寂しい表情をしていて、元気がないような気がしますね」

「そうだよな、俺もちょっと気になってて。抜管後の喉の痛みで会話が少ないのかなと思ってたんだけど、もうそろそろ痛みも落ち着く頃だし…
ちょっと精神的な部分なのかなって気がするんだよね」

「そうですね。美優ちゃん、高校に復帰してからは、しばらく体調の方は安定してましたからね。久しぶりの大きな発作でしたし、今回は口から呼吸を助ける管が入ったりして、美優ちゃんにとっては初めての経験でしたから。病気のことも、学校のことも、色々なことが不安になっているのではないでしょうか…」

「うん、そうだよね、ありがとう。後で本人とゆっくり話をしてみるよ。忙しいとこ悪いけど、ちょっと頻回に様子見ててもらえる?今、目離すの…ちょっと心配だから。
俺の方も本人の様子見ながら、精神科のコンサル検討してみるよ」

「わかりました。他のナースにも申し送りをして、見回り強化しますね。
美優ちゃんのお部屋、ステーションの近くに移しましょうか?」 

「そうだね。今、その部屋田中さん入ってたよね?
田中さんだいぶ病状落ち着いてきてるから、病室移ってもらおうか?うん、うん、よろしく」

田中さんへの説明を看護師にお願いし、美優の病室に向かう。

ゆっくり扉を開けると、布団にすっぽり入って眠っているよう…

(ん?震えてる?)

よく見ると、かすかに布団が小刻みに揺れているのがわかる。

近付くと、美優のすすり泣く声がわずかに聞こえた。

「美優?俺だよ。どうした?苦しい?どっか痛い?」

優しく声を掛けるが、美優は頭まで布団にもぐり、出てこようとしない。

「美優?布団の中にいると酸素が無くなって、苦しくなっちゃうから出ておいで」

航也がゆっくり布団をめくると、そこには、点滴が引き抜かれ、血だらけのシーツが目に入った。

美優の顔は、涙でぐしゃぐしゃになって、少し息が上がってる。

「美優っ、点滴抜けちゃったのね、ちょっと腕見せてごらん?痛かったろ?」

航也はびっくりしたものの、美優を刺激しないように優しく声を掛け、刺入部を確認する。

針の挿入方向とは逆の方向に引っ張られて抜けたせいだろうか…なかなか出血が止まらない。

航也はナースコールで、点滴セットとシーツを持ってきてもらうように看護師に頼む。

看護師を待つ間、美優の出血部位をガーゼで押さえながら、流れ続ける点滴を止める。

美優はボーッとしていて、視線が合わない。

合わないというより、合わせないようにしてる感じ…

「美優、どうした?俺の目見てごらん?怒らないから、大丈夫だよ」

「…ごめんなさい」

美優は、下を向いたまま謝る。

「やっと美優の声が聞けた(笑)謝らなくていいんだよ。腕痛かったね、他に痛い所はない?」

美優は小さく頷く。

看護師が入ってきて、シーツを交換するため、ベッド脇の椅子に美優を移そうとしたその時、

グラっと美優の体が揺れ、後ろに倒れそうになった。

「おっと、危ないっ」

すかさず、航也が美優の体を支えて、転倒せずに済んだ。

「美優?大丈夫か?しっかり目開けてて」

美優の目がボーッとしている。

「先生、バイタル測りますか?」

「うん、そうだね、とりあえず血圧お願い」

航也は美優の手首をつかみ、脈を確認する。

(脈早いな…)

「血圧99/48です。いつもより低いですね。すぐにシーツ交換しちゃいますね」

「低いな。うん、俺体支えてるから、その間にお願い」

素早く看護師がシーツを交換してくれる。

「美優1回横になるよ。点滴が抜けた所から出血して、ちょっと出血量が多かったから、貧血になってると思う。気持ち悪くない?」

頷く美優を確認し、ベッドに寝かせる。

美優の出血傾向が気になる…

航也は、看護師に点滴の再挿入と採血の指示を出す。

今の美優をナースステーションから離れた部屋に置いておくのはやっぱり心配なため、1番近い部屋に移す。

「ここのお部屋?」

美優が不思議そうに聞いてくる。

「うん、ちょっと貧血出てるし、血圧も低いからね。しばらくこの部屋でお願い。嫌だった?」

「うぅん…平気」

美優はそれ以上話さない。

「美優?まだ点滴が必要だから、また針刺すけどいい?
痛いことばかりでごめんな」

美優は嫌と言うことも、抵抗することもなく、小さく頷き、腕を差し出してくれる。

抵抗しないのはありがたいけど、それはそれで問題だな…

それに、さっき点滴が抜けたのは恐らく美優が自己抜去したのだと思う…また抜かなきゃいいけど…

航也がしゃがんで美優と目線を合わせようとしても、やっぱり目を逸らされる…

点滴の処置を終え、美優に話しかける。

「美優?どうした?何か辛いことあったら、俺に話して?
喘息の方は、落ち着いているから、苦しいのは今あまり感じないでしょ?
喉の赤みも良くなってるから、お話しても痛くないでしょ? 体は少しずつ良くなってるのに、美優の元気がどんどん無くなっていくのは、主治医として放って置けないな。
ちゃんと美優の気持ち聞かないと…ピピピッ」

そう美優に話し掛けてる途中で、航也のピッチが鳴る。

(はぁ〜、大事な話してる時に…)

「はい、鳴海です。はい、はい、わかりました」

それは、救命センターのヘルプに来てほしいという電話だった。

「美優ごめん。俺、呼ばれちゃった。救急車で患者さんが運ばれて来るみたいだから、応援に行ってくるね。
終わったらまた戻ってくるから、そしたら美優のお話聞かせて?いいね?」

美優の反応は相変わらずだったが、航也は美優の頭をクシャとなで、部屋を後にする。

ヘルプに向かう前にナースステーションに寄り、看護師に美優の様子を伝える。

看護師が頻回に様子を見てくれるとのことで、美優を託して救命センターに走る。

〜3時間後〜
救命センターでは次々に患者が運び込まれ、処置、検査、入院指示、家族への説明…
等々をこなし時計を見ると、ヘルプに来てから3時間が経とうとしていた。

救命センターも落ち着きを取り戻し、救命センターの医局でコーヒーをご馳走になっていた時だった。

突然、航也のピッチが鳴った。

“呼吸器内科病棟”の文字…

「はい、鳴海です」

「あっ鳴海先生!お忙しい時にすみません!
美優ちゃんが病室から居なくなってしまいました。
30分前にスタッフが見た時は、ベッドで眠っていたのを確認していましたが、先程私が見に行った時には、点滴が抜かれていて、美優ちゃんの姿が見当たりませんでした。
今、スタッフで手分けして病棟やトイレ、非常階段を探していますが、まだ見つかっていません」

「うん、わかった。うん、そうして。俺は外を探してくるから」

そのやり取りを聞いていた救命センターのスタッフも、救急外来の出入り口や中庭を探してくれることになり、航也は包帯セットを受け取って、病院の外へ駆け出して行った。

(はぁ、はぁ、はぁ、こんな寒い中どこ行ったんだ…
今の美優の体力じゃ、そう遠くへは行けないはず…)

外はすっかり薄暗くなり、寒さが一段と厳しい。

思い当たる場所はなかったが、とりあえず2人が住むマンションに向かって走り出す…

病院からマンションに向かう1つ目の曲がり角を曲がった時だった。

歩道をトボトボ歩く小柄な子に目が止まった。

(ん?…みゆ?)

走りながら、その子に近付くと、見覚えのある灰色のカーディガンに薄ピンク色のパジャマ姿…

すぐに美優だと分かった。

「美優!」
と声を掛けると同時に、美優の体が崩れ落ち、その場に倒れた。

急いで駆け寄る。
「美優!美優!」

「ハァ、ハァ、ハァ」
美優の意識はなく、外の冷気で気管が刺激されて、すでに喘息発作を起こしていた。

点滴の刺入部からの出血は、パジャマが血で汚れてはいるが、出血は止まっているようだ。

航也はすぐに病院に連絡を入れ、美優を抱きかかえ、病院に急いだ。


(くそっ、美優…なんでこんなことに…)


処置室に運び入れると、ヘルプで来てくれた医師の協力もあって、喘息発作の方は大事に至らずに落ち着き、美優は眠っている。

そこに1人の先輩医師が話し掛けてきた。

「この子、航也の患者さん?
重積発作にならなくて良かったな。まだ高校生だから、気持ちのケアが難しいよな…
目が覚めたらしっかり本人の話聞かないと、治療もスムーズにいかなくなるからな。
もし精神科のコンサルするなら、早めの方がいいぞ」

「そうですね、ありがとうございます。目が覚めたら、まず本人の話を良く聞いてみたいと思います」

「そうだな。主治医と患者の信頼関係は外せないからな。お前もあまり頑張り過ぎるなよ?」

そう言って先輩医師は、航也の肩をポンポンと叩き、去っていった。

時計を見ると、既に自分の勤務時間は過ぎていて、今日は美優の側に付いていてあげられる。

美優の状態が落ち着いたのを見計らって、ストレッチャーで処置室から病室に移した。

美優はまだ眠っている。

航也はモニターの値をチェックしたり、点滴を調整しながら、美優が目覚めるのを待った。

〜美優〜
どのくらい眠っていたんだろう…

航也に呼ばれた気がするけど…

なんだかよく思い出せない…

ふと、右手に違和感を感じ、ゆっくりと視線を落とす。

そこには、ベッド脇の椅子に座り、美優の手を握りながら眠っている航也の姿が目に入った…

「こうや…」

航也の名前を呼びながら、右手を動かす。

「…ん?…あっ、美優!!」

寝起きの顔をしていた航也だったが、美優の目が開いているのを確認すると、一瞬で医者の顔に戻った。

「目が覚めたんだな、良かった。ちょっと胸の音聞かせて。ん、いいよ。今、鼻の酸素付けてるけど、まだ外すと苦しくなっちゃうから、しばらくしててね。マスクより楽だろ?」

美優は頷く。

「…ごめんなさい…」

美優が小さく呟く。

「うぅん、大丈夫だよ。美優が病院から居なくなったって聞いて、心臓が止まるかと思ったけど…俺こそ、忙しさにかまけて美優のこと良く見てやれてなかったな…ごめんな…」

そう言い、美優の髪を優しくなでる。

「…こうやは…悪くない…」

「ん?」

「……」

「美優?ゆっくりでいい。美優の思ってること、ここに溜まってるもの、全部吐き出して欲しいな。美優の気持ち教えて?俺には話したくないか?」

美優はぶんぶんと首を振り、少しずつ話し始める。

「私…なんだかよくわからないけど…急に航也と住むお家に帰りたくなっちゃって…気付いたら…外にいたの。
寒くて、寒くて…そしたらだんだんと息が苦しくなっちゃって…でも遠くで航也に呼ばれた気がして…来てくれたんだって嬉しかった…」

「うん」

「でも、前に病院来た時、華と買い物してたら具合悪くなっちゃって…華にも迷惑かけたし…航也にも…
航也もお仕事で忙しいのに…美優の心配ばかりさせちゃって…なんか…自分がだんだん惨めに思えてきて…
私がいるとみんなに迷惑かけてる気がしたの…
病気もこの先どうなるのか不安だし…来年は受験だけど、私はみんなと同じように受験生になれるのかな…夢叶えられるのかなって…
色々考えてたら…なんかよくわからなくなっちゃって…」

「うん、うん」

「航也にも…たくさん迷惑かけて…グスン
彼女なのに…航也のために…何もしてあげれてない…
彼女に相応しくないんじゃないかって…考えちゃったの…グスン。それで…気が付いたら刺さってた点滴抜いちゃってた…ごめんなさい…グスン…」

「そっか、そっか。美優は1人で背負い過ぎ。でも素直に気持ち話してくれてありがとうな。1人で悩ませて…辛かったな」

航也は涙を流す美優を優しく抱き締め、話を続ける。

「俺はさ、美優に何かしてほしいなんて、全く思ってないよ。俺のそばで美優が居てくれるだけで、笑ってくれるだけでいい。
美優が辛い時、悲しい時、苦しい時は全力で守りたい。
そして、これから美優には楽しい思い出をたくさん作ってやりたいと思ってる。
美優が壁にぶち当たった時は、一緒に悩んで、一緒に考えていきたい。
前にも言ったろ?美優はもう1人じゃないって。忘れちゃった?
今回の入院はさ、ちょっと大きい発作だったから、長引くかもしれないけど、病気は俺が責任持って診ていくから安心してほしい。不安にさせてばかりで、説得力ないけどな…」

美優は航也の胸に顔をうずめながら、首を左右に振っている。

「俺もなかなか忙しくて、病室に来れない時も多いけど、仕事してる時も、家にいる時も、いつも美優を思ってるよ。
華ちゃんだって同じ。あんなに美優を思ってくれてる友達なんていないよ。
美優が1人で背負い込んで、苦しんでる姿を見るのは…俺としても、きっと華ちゃんも、辛いし、寂しいと思うから…
美優には、もっと甘えて欲しいし、頼って欲しい。俺じゃだめ?」

さらに強く首を左右に振る美優。

美優の鼻をすする音だけが病室に響く。

「美優?我慢しなくていいんだよ?泣きたい時は、泣いていいんだよ?」

その言葉を聞いた途端、美優は声を上げて泣き始めた。

子供みたいに大泣きする美優を見るのは初めてだったが、それくらい1人で溜め込んでいたのかもしれない…

「よし、よし、辛かったな。美優が頑張ってること、俺が1番良くわかってるよ。俺をもっと頼って?できそう?」

「うん…できる。ありがとう…だい…すき…」

「フフ、俺もだよ」

こうして、ようやく美優の気持ちを聞くことができ、航也の思いも伝えることができた。

この出来事を境に、少しずつ美優の笑顔が増え、明るさを取り戻していった。

華と買い物中に体調を崩した美優は、そのまま入院生活を送っている。

外はもうクリスマス一色。

病院も例外ではなく、大学病院のエントランスホールには、見上げる程の高さの大きいクリスマスツリーが飾られている。

クリスマス当日には、このエントランスホールでクリスマス会が開かれ、ピアノ演奏や催し物があり、その時ばかりは手の空いた職員も集まり、会に参加する。

しかし季節は冬。

呼吸器内科の医師にとっては、一番忙しい時期となり、航也はあまり参加したことがない。

毎年、小児科病棟の子供達を中心に、院長扮したサンタクロースがプレゼントを配りに回る。

確か小児〜18才までの子が対象だったはず、高校生の美優の所にも届くかな。

美優には当日のお楽しみで内緒にしておこう。


そんな美優は、相変わらず熱が上がったり、下がったり、発作が出たり、体調が不安定な状態が続いている。

2人で過ごす初めてのクリスマスは、どうやら病院で過ごすことになりそうだ。

航也は、入院中の美優ができる限りクリスマスを楽しめるように、あれこれ考えていた。


〜ある日のお昼時〜
美優が、運ばれてきた昼食とにらめっこををしていた時

ガラッと病室の扉が開いて、航也が入ってきた。

手には何やら袋を持っている。

「航也!」

美優の顔が一瞬で明るくなる。

「ちゃんと昼飯食ってるか?
なにニコニコして、そんなに俺に会いたかった?」

いたずらに航也が聞いてくる。

「うん」

「やけに素直だな。どれどれ、まずは診察させて」

手に持っていた袋を無造作にテーブルに置き、美優の診察を始める。

胸の音を聞き、耳下のリンパを触り、下瞼を下げ、一通り観察していく。

「よし、いいね。苦しくはない?顔色もいいしね。たまにはさ、美優の部屋で昼飯食べようと思ってさ」

そう言うと、袋からおにぎり2個とお茶のペットボトル、プリン2個を取り出す。

「はい、これ美優の分ね」

プリンを1つ美優のお盆の上に置く。

「わぁ!いいの?うれしい!」

目をキラキラさせて喜ぶ美優が可愛くて、航也も自然と笑みがこぼれる。

「昼飯食ったらな!」

すかさず航也が言う。

一瞬しゅんとなった美優だが、仕方ないと言わんばかりに、箸を持ってノロノロ食べ始める。

実は美優の食欲がなかなか戻らない。喘息の薬の副作用で食欲が低下しているため、仕方ないことだが、美優の体力を考えると、少しでも食べてもらいたい。

食事制限はないため、なるべく美優が食べたい物を買っていく。

おにぎりを食べながら、しばらく美優の様子を見ていたが、やはり箸がなかなか進まない様子。

「美優、大丈夫?今はさ、強めの薬使ってる影響でちょっと食欲落ちてるだけだから、心配しなくて良いぞ。もう少し食べられそう?あと2口食べたら、プリン食べていいよ」

「本当に?がんばる…」

そう言うと、美優はゆっくり2口食べ、プリンも完食することができた。

「気持ち悪くない?よし、食べられたな」

美優も安心したのか笑顔がこぼれる。

航也は美優の頭をポンポンし、話を続ける。

「美優さ、もうすぐクリスマスじゃん?今はまだ退院は難しいから、今年のクリスマスは病院で過ごすことになると思うんだ。
でね、毎日検査とか治療とか頑張ってるご褒美に、半日だけ外出許可出そうと思うんだ。
ただ、外の冷気で喘息の発作が出たら大変だから、車の中からになるけど、海見に行ったり、イルミネーション見に行ったりしない?車デートになるけど、それでも良いなら、どうかな?」

「えっ!!いいの??行く!行きたい!!」

「ハハハ、急に元気が出たな。じゃあ、24日の日、俺、午前の外来だけだから、午後になったら出掛けるか?」

「うん!嬉しい!!」

子供のようにはしゃぐ美優が、たまらなく愛おしい。

「じゃあ、約束な!俺もう行かなきゃ。また来るから、大人しくしてろよ」

そう言って休憩時間を美優の病室で過ごした航也は、仕事に戻っていった。

ご褒美の日を心待ちにしながら、美優は毎日を過ごした。

〜クリスマスイブ〜
美優は朝からウキウキしていて、いつもより早く目が覚める。

今日は待ちに待った航也と初めてのデートの日。

入院してから初めての外出に胸が踊る。体調も大丈夫そう。

その時、控えめにゆっくりと扉が開いた。

「おぉ!美優、起きてたの?」

「うん、楽しみで早く目が覚めちゃった!」

いつもは寝ている時間なのに、美優の目は爛々と輝いている。

(まだ朝の6時前…いつから起きてんだ(笑))

「わかったよ。楽しみなのは良い事だけど、行くのは午後からだから、それまで少し寝な?あんまりはしゃぐと、また熱出て行けなくなるぞ。部屋で大人しくしてろよ」

そんな美優を見るのは嬉しかったが、美優の体力を考えて、あえて厳しめに言う。

自分もこの日を指折り数えていたことは内緒(笑)

一通り美優の状態を観察し、体調は悪くなさそうで、ホッとする。

「じゃあ、外来終わったら迎えに来るから」

「うん、頑張ってね」

航也が出て行った後も興奮がおさまらず、結局一睡も出来ずにお昼を迎えた。

しばらくして、看護師さんが病室に入ってきた。

「美優ちゃん、午後お出掛けでしょ?いいね〜、楽しみね。点滴は一旦終わりで良いって鳴海先生言ってたから、止めるね。帰って来たらまた点滴つなぐから、針は抜かないで包帯で固定しておこうね。
あっ、そうそう。お出掛けするなら、髪の毛結ってあげようか?私得意なの」

「え?!はい!嬉しい!」

この病棟の看護師さんはみんな優しい。

看護師さんの好意に甘える。

「美優ちゃんできたよ!とっても可愛いい!」

看護師さんが、ハーフアップにして両脇を三つ編みにして後ろで一つに束ねてくれた。

「ありがとう!」

「楽しんでおいでね」

美優は、華と一緒に買いに行ったクリスマスプレゼントをカバンに入れて、普段着に着替え、航也を待った。

13時過ぎ、ようやく航也が来た。

「おまたせ。おっ、髪の毛結んでもらったの?」

「うん、看護師さんが結んでくれたの。かわいい?」

上目遣いで聞いてくる美優を抱き締めたい気持ちをグッとこらえる。

「はい、はい、かわいい、かわいい。さっ行くよ!」

照れ隠しで、ついぶっきら棒に返事をする。
美優はちょっと拗ねた顔。

駐車場に着いて、車に乗り込む。美優はまだ拗ねてる。

「ねぇ美優、すげーかわいい。似合ってるよ」

そう言って、拗ねる美優の頬にキスをする。

不意にキスをされ、目を見開いてびっくりした表情がまた可愛いい。

「本当に?!かわいい?」

「当たり前だろ」

無邪気に聞いてくる美優を抱き締め、もう一度軽くキスをする。

理性がきかなくならないように、必死に平静を装う。

「よし、じゃあ、出発するよ」

駐車場を出て、車を走らせる。

「暗くなるまでまだ時間あるから、前言ってた海までドライブに行くか?」

「うん!海なんて久しぶり!楽しみ!」

「夏の海も賑やかで良いけど、冬の海も静かでさ、波を見てボーッと過ごすのも良いもんだよ。海まで少し時間かかるから、寝ててもいいぞ」

テンションの高い美優は寝る気配はない(笑)

傍から見れば、美優はどこにでもいる高校生に見えるだろう…

風邪が流行る季節。
インフルエンザの患者も増えてきた。

今の病状を考えると、美優を人混みに連れて行くことはまだ出来ないが、航也は、それでも無邪気にはしゃぐ美優に目を細める。

海に到着するまでの間、結局美優が眠ることはなかった。

途中のドライブスルーで、洋菓子2つと、美優はミルクティー、航也はホットコーヒーを買って、海辺に車を停めて、海を眺めながら2人で食べる。

「美優?寒くない?」

用意していた膝掛けを美優に掛ける。

「ちょっとごめんな」

航也はさりげなく美優の手首をつかみ脈を測る。

脈も熱も落ち着いているようで安心する。

「美優どう?こうやって、海見ながら2人で過ごすのも悪くないだろ?」

「うん、素敵!!冬の海がこんなにキレイだなんて思わなかった。今日は時間作ってくれてありがとう」

「どういたしまして。美優と過ごす初めてのクリスマスだからね、美優に喜んでもらえて良かったよ。来年はさ、家で2人でお祝いできるといいな」

「うん、そうだね。でも…美優は、航也といれるだけで十分幸せだよ。これからも…ずっと一緒にいてくれる?」

「俺の方こそ、美優から十分過ぎる程、幸せもらってる。俺から美優を手放すことはないから、安心しろ」

航也は照れくさそうに言う。
そして後部座席から小さい紙袋を取り出す。

「はい、これ。開けてみて」

「え?何?」

不思議そうに美優が紙袋を開けると、箱に入ったキラキラ輝くネックレスがあった。

「わぁ〜すごくきれい!!これ…私に?」

「ハハ、美優以外の誰にあげんだよ。ピンクパールのネックレス、美優に似合うかな〜って思ってさ。俺からのクリスマスプレゼント」

「嬉しい…ありがとう…グスン」

「泣くことないだろ。ほら、貸してみ?後ろ向いて」

航也が美優の首にネックレスを付けてくれた。

(やっぱりこれにしてよかった)

「ありがとう、嬉しい。
私もね…全然たいした物じゃないけど、航也にプレゼントがあるの。気に入るか分からないけど…」

そう言ってカバンからプレゼントを取り出し、航也に渡す。

「俺にも?ありがとう。開けてもいい?」

「うん」

「おっ、美優とお揃いマグカップ?こっちのキーホルダーもお揃いじゃん!ありがとう!
美優が退院して家に帰ってきたら一緒に使おうな。熊のキーホルダーもありがとう。大事にするよ」

「気に入ってもらえて良かった。華と一緒に出掛けた時に選んだの」

「そっか、嬉しいよ」

2人は、そんな甘い一時を過ごし、幸せを噛みしめていた。


幸せな時間はあっという間で、時間は3時半を回っている。

すでに太陽が傾き、寒さも増していく。

「そろそろイルミネーションに向かうか?今向かったら、ちょうど暗くなって綺麗に見えるよ」

「うん!行こう!恋人とクリスマスにイルミネーションなんて…なんか夢みたい」

「そうだな。定番だけど、クリスマスと言ったらやっぱりな」

そんな会話をしながら、車を走らせる。

さすがの美優も、いつもより早起きしたこともあって、走り出してすぐにウトウトし始める。

「美優もう寝な。着いたら起こすよ」

しばらくすると、美優はスヤスヤ寝息を立て始める。


〜1時間後〜
とある公園に到着する。

ここのイルミネーションは、ガイドブックにも載ってるだけあって、カップルや家族連れがたくさんいる。

「美優?美優、着いたよ?」

美優は目を擦りながら、辺りを見渡している。

「少し寝れたね。駐車場から見えないこともないけど、少しなら外に出てもいいよ。体辛くなかったら少し歩く?」

「うん!行きたい!」

航也は美優の体調を確認し、自分のマフラーを美優に巻く。

「ありがとう」

「よし、行こうか」

美優と航也は、手をつなぎながらゆっくりと歩き出す。

しばらくすると、メインのイルミネーションまで来た。

「すごいな」

「うん、こんなに綺麗なイルミネーション初めて見た!」

ベンチに座りながら眺める。
2人で写真を撮ったりして、しっかり思い出に刻む。

30分くらい歩いて、そろそろ車に戻ろうとすると、シュンとする美優。

「美優、寒くなってきたから戻るよ。また連れてきてやるから、体調悪くなる前に帰ろうな」

楽しかったから帰りたくないよな…
しかも帰る場所は病院…

航也も心苦しいが、無理をして後々苦しい思いをするのは美優だから…

心を鬼にして、美優の手を引き駐車場に向かう。

病院に向かう道中も美優は眠っていた。

幸い、熱や発作の兆候は見られないが、疲れやすいのは事実。

病院の駐車場に入り、眠ったままの美優を抱いて病院に入っていく。

すでに夜勤の看護師が働いている。

「鳴海先生、おかえりなさい。美優ちゃん眠っちゃいました?」

「うん、疲れたみたいで起きないから連れてきた」

部屋に入ると美優の夕飯が運ばれていた。

ベッドに横にすると、美優が目を覚ます。

「美優?着いたよ。起きれる?夕飯来てるから、ちゃんと食べな」

まだ眠そうな美優だったが、食事はしっかり取らせないと…

あとは、看護師に美優を任せて、航也はナースステーションに向かい、外出中に他の担当患者に異変は無かったか、カルテを確認する。

しばらくすると、看護師が報告をあげてくれる。

「鳴海先生、美優ちゃん、夕飯3分の2程食べました。バイタルも安定してましたし、ふらつきも見られなかったので、シャワー浴でお風呂に入りました。今日の夜間の点滴はどうしましょう?」

「ありがとう。食事がそれなりに取れてるから、今日の夜は点滴は無くて良いかな。また明日から考えて指示出すから、よろしく」

一通り仕事を終え、夜の9時過ぎ。消灯で薄暗くなった美優の部屋を覗くと、スヤスヤ気持ち良さそうに眠っている。

触った感じ熱もないし、胸の音も綺麗で安心する。

美優の前髪をかき分け「おやすみ」と小さくつぶやき、病室を出る。

航也もマンションに帰る。

美優とのデートは、あっという間だったが、楽しく幸せなひと時だった。