「やっぱりわたしが殿下に親しくしていただくなんていうのは、」
「離れようなどとは言ってくれるな。俺はレニィにそばにいてほしい」
「ですが誤解とはいえエカテリーナ様にも申し訳ないですし……!」
令嬢たちは言い方や態度こそ大仰で毒々しいものの、セレニカ自身注意を受けるのももっともだとは理解していた。他意はないと主張したところで、婚約者の令嬢からしてみれば相手と親密に見える女が現れたなら面白いはずがない。
エカテリーナは公爵令嬢であり気品と知性を兼ね備えた美しい女性で、そんな彼女を慕う令嬢も多いのだ、見咎めた友人たちが彼女のためにと動くのも当然と思えた。
いつものガゼボに設えられたベンチに腰掛け、あえて笑って距離を置くことを伝えるセレニカに、しかしヴァディムは頷かない。眉間に皺を寄せ、行かせまいとするように手を握り締める。
「俺はレニィがいい」
ぎゅ、と力のこもる彼の手に、セレニカは息が詰まる。
「エカテリーナは婚約者とはいっても政略のために決められた関係というだけで、実際には幼なじみでしかない」
引き寄せられ一人分は離れていた空間がなくなったセレニカを、淡紫の瞳が見つめた。強くまっすぐな眼差しに心が揺り動かされる。離れよう、離れなければと考えていた決意が揺らぐ。
確かにエカテリーナ本人からは何も言われていなかった。そういうことなのだろうか。二人の間にあるのは政治的なもので、だから彼にどんな感情を抱いても彼女を傷つけることはないのだと。
「俺はレニィを、セレニカを愛している」
ヴァディムの瞳に映る自分がどうしようもなく動揺していることが、見て取れた。
伸ばされた手のひらが頬に触れる。親指に下唇をなぞられ、ゆっくり近づく吐息に自然と目を伏せた。