しかしそんな決意を嘲笑うように、王家の印が捺された一通の封書、王太子の結婚式の招待状が届く。挙式から披露宴、パレード、行われるすべてへの招待となる特別な招待状だという。
『アカデミーで特に親しくしていた友人だから』祝ってほしいと。喜びを分かち合おうと。定型文に、わざわざ一筆したためて。

 馬鹿にしている―――怒りに目の奥がカッと熱くなった。

「慈悲深い殿下は、これまでの献身に感謝を示されている。底辺貴族にはもったいのないことだ」

 それを運び届けたのは学友だった男の一人。
 セレニカが新学期が始まっても引きこもっていたからか、ヴァディムの指示を受けて玄関先までやって来たその男は、質素な暮らしを見て取っては鼻で笑い、見下した様子を隠しもしない。傲慢な態度に、またセレニカの神経は逆撫でられる。

「尊き殿下を恋い慕う気持ちは当然だが、己が立場を理解し、これまでの身に余る栄誉を胸に――」

 どれだけ弄べば気が済むのか、王族も、高位貴族も。王家が絶対であることは常識ではあったが、知ったことかと怒りのままに睨みつけた。

「黙りなさい」

 低く、命じるような声が口を突いて出た。途端、滔々と語っていた男は口を閉ざし、はい、と従順に、呆けたように、動きを止める。

「ヴァディムは初めからそのつもりだったのかしら?」

 不思議に思う間もなく続く言葉がするりと出る。

「――オレはそのようにきいています。壊してもかまわないちょうどいい玩具だと――」

 無情な答えは、しかしセレニカに涙はもたらさなかった。
 ただただ焼けるように目が熱かった。

「……喜んで祝福すると、戻って伝えるがいいわ」

 見据えられている男は焦点の合っていない表情のまま、頷くとふらりとした足取りで背を向けて立ち去った。
 睨むままにそれを見ていたセレニカは、急に襲ってきた目眩に倒れ込む。浅い呼吸に明滅する視界。父親が仕事から帰宅し助け起こされるまで、その場を動けずにいた。