「父さん……」


 肩を震わせる父親に、セレニカも目に涙を浮かべる。
 彼女にとって気が付けば失われていた母親。その出生には、幼き日々の記憶にある容姿、仕草や雰囲気から疑いを抱いてはいた。しかし父親の話でそれが事実であること、そして知ることのなかった死の真相に、少なからず動揺した。
 母親が王妹、自分もまた王家の血を継いでいる――。

「お前と母さんの繋がりに気づかれでもしたら、それこそお終いだ。これ以上関わってはいけない」

 当時命令を下したのが母親の兄か、父か、他の誰かなのかは知らないが、その人物はきっと顔色ひとつ変えずに殺害を指示したのだろう。もしかすると笑みさえ浮かべていたかもしれない。
 あの日のヴァディムのように。

「……王族に逆らってはいけないよ、あれは私たちの常識から外れた存在なのだ」

 父親は元王女と夫婦だったのだから、相手も自分と同じ人間であると理解していた。しかしだからこそ、自分たちとは違う人間性をも理解し、命を命とも思わないその恐ろしさは拭えない。

 セレニカは頷くしかなかった。
 ヴァディムに抱いていた気持ちのなくなった今、彼女にとって大事な相手は父親に他ならない。悲しませるわけにも、もちろん失うわけにもいかなかった。


 忘れよう。


 父親のために、これから先もこの国で生きていくために。
 なかったことには出来ないかもしれない。いつか自分の中で歪みが生じるかもしれない。それでも忘れたふりをしよう。