そう言って立ち上がったアルフレッドは、着ていた上着のポケットに手を入れる。
「これをベアトリスに」
リボンがかけられた薄い紙包みを差し出されてベアトリスは目を瞬いた。大きさは手のひらほどだ。
「何ですか、これは?」
「開けてみろ」
言われるがままに紙包みを開けると中からは一冊の本が出てきた。
(えっ! これってもしかして……!)
羊皮紙の表紙には隣国シュタルツ国の文字が書かれていた。その表紙をめくると、最初に目に入ったのはリトグラフによる色鮮やかな口絵だ。馬の傍らに立つ騎士と町娘が描かれている。
「これは、シュタルツ国で大人気の森の妖精シリーズの最新刊ですね⁉」
森の妖精シリーズはさまざまな森の妖精と人間の騎士との恋模様を描いた小説で、大変な人気を誇る作品だ。これまでにシリーズで四冊が発行されており、その全てをベアトリスが翻訳している。
「わあ、嬉しい。ありがとうございます!」
ベアトリスは本を胸にぎゅっと抱きしめる。
(わたくしのために、取り寄せてくださったのかしら?)
この本を予約せずに買うことはできない。
活版印刷により以前に比べれば簡単に大量生産ができるようになったとはいえ、一つひとつを手作業で作っている本はまだまだ貴重だ。特に、この森の妖精シリーズのような精緻なリトグラフの口絵や挿絵が挿入されている本は値段が張るし、発売当初は入手するのも難しいのだ。
ベアトリスも、この新刊を手に入れられるのはきっと数ヶ月後だろうと思っていた。