ベアトリスの声に気付き、前を歩いていた男性が振り返る。
少し長めの茶髪を後ろに流した、優しげで落ち着いた雰囲気のこの男性は、ランス=ブラットン。名門ブラットン侯爵家の当主であり、錦鷹団の一員でもある。
「やあ、ベアトリスさん。外出ですか?」
「はい。妃教育に」
ベアトリスは肩を竦めて見せる。
「ベアトリスさんは仮初めの妃役なのに、妃教育まで受けているのですか?」
ランスは驚いたように目を瞬く。
「そうなんです。びっくりですよね。お飾りの妃なのだから必要ないと伝えたのに、ジャン団長は殿下が望んでいるのだから受けろって言うんです」
ベアトリスは肩を竦めて見せる。
妃教育の内容はそれだけで日々の予定が全て潰れるほど盛りだくさんであり、通常であれば十歳前後から始める。そんな内容を仕事の合間にダイジェストにして受けさせられているこちらの身にもなってほしい。
(そういえば、アルフレッド殿下ってどうして今の今まで婚約者がいらっしゃらなかったのかしら?)
王太子であれば、遅くとも十代半ばには婚約者が決まっていることが多い。アルフレッドの二十五歳という年齢を考えると、この歳まで婚約者がいないのは異例なことに思えた。
(留学なさっていたみたいだから、そのせい?)