ベアトリスは頷く。確かにヒフェルの古代文字は南方の島国でかつて使われていた文字であり、今はもう使われていない。ベアトリスが翻訳業という特殊な仕事をしていなかったら見たことすらなかっただろう。

「でも、魔力があってかつ色んな国の言語を操れる人がこれを盗んだら、簡単に読めちゃうわよね?」
「そうだね。でも、特別な訓練をうけていないのにそんなことができる人間なんているわけがないってことになっていたんだ。魔力持ち自体が国で数えるほどしかいないし」
「いるわけがない……」
「そっ。俺達も世界各国の言語を全て覚えることはできないから、それぞれ言語を決めてマスターする。大体五カ国語かな。手紙をやり取りするときは、相手と共通して覚えている言語を使用する。ちなみに、俺はヒフェルの古代文字は読めない」

 ベアトリスは自分がここに連れてこられた理由を察した。

 貴重な魔力持ちを探し出し、国からの特別な訓練を受けさせてようやく読むことができるはずの手紙を、ベアトリスはなんの特別な訓練なしで読んでしまったのだ。しかも、ベアトリスはヒフェルの古代文字以外も世界各国の言葉を大体理解できる。

「ベアトリスみたいな有能な人が来てくれて本当に助かるよ。きみが来る前は、この書類を作る事務作業も僕らでやらないといけなかったからさ」
「そうですか」

 ベアトリスは一言だけ、返事する。

(煽てられたって絆されないんだから!)

 そうは思うものの、褒められると悪い気はしない。
 むしろ、自分の特技で人の役に立てているのが嬉しかった。