「ベアトリス」
机に影が差し名前を呼ばれ、ベアトリスはハッとする。
顔を上げると、そこには錦鷹団の団員のひとりであるサミュエル=バトラーがいた。サミュエルはバトラー公爵家の嫡男で、ベアトリスの親友であるマーガレットの婚約者だ。
「アルフレッド殿下がこれの内容を端的に纏めておくようにって」
ドサドサッと書類の束が机の上に置かれる。ざっと見ると、厚さ一センチほどの調書が十冊ほどある。恐らく、ひとつの事件を追っていて結果的にこれだけの量になったのだろう。
「わかりました。いつまででしょう?」
「明後日の夜まで」
「は?」
「明後日の夜まで……」
ベアトリスの訝しげな声に、サミュエルは申し訳なさげに肩を竦める。
ベアトリスはサミュエルの背後にある時計をチラリと見る。今、午後二時だ。明後日の夜というのが具体的に何時を指すのかは知らないが、普通に考えて納期が短すぎる。
と言うのも、ベアトリスは表向きにはアルフレッドの寵妃ということになっているので、将来的に側妃から正妃になることも見越した妃教育も受けているのだ。
その妃教育に思った以上の時間が取られてしまい、絶対的に時間がたりない。