「はいじゃあね、今日も始めますよ〜」



のんびりとした口調で教室に入ってきた数学教師。


その後にすべり込むようにして入ってきた一人の男の子。



「あっぶね〜、さすがにセーフ?」



チャイムが鳴っていないのでギリギリセーフといったところだけれど、高校生であれば3分前着席が望ましい。


ふ、と小さくため息を吐いた先生は、視線だけを動かして席につくよう促した。



「もう少し時間に余裕を持って行動しましょうね。それと水谷くん、日本語がおかしいです」

「サーセン」



悪びれる様子もなくケラケラと笑う彼の机の上には、当然教科書など用意されていない。



「悪い朝乃(あさの)、教科書見せて」

「えー……忘れたの?」

「ご名答。なあ頼むよ、隣の席のよしみでさ」



ドカッと自席に座った彼は、パチンと目の前で手を合わせて私を見つめた。



「……今度ジュース奢ってね」

「まじで。今金欠なんだけど」

「うそうそ。いいよ、見せてあげる」



ジュース一本すら買えないほどピンチなのかと心の中で哀れみつつ、渋い顔をする彼に微笑む。