「今考えると、けっこういい兄弟だったんじゃないかって思う。一緒にいると楽だから、自然と一緒の時間が増えた。ちょうど今くらいの季節に、二人で家出したこともあったよ。電車で隣の県まで出たんだけど、俺が調子を崩したせいで帰らないといけなくなってさ」


 目を覚ましたとき、痣だらけの黒崎くんが安堵の表情を浮かべたと語る幸記くんの目には、やるせないような痛みが宿っていた。


「自分が無理やり連れていったって説明したんだって。馬鹿だよね、俺が頼んだのに。しかもいつか俺と家を出ていくなんて言っちゃってさ。殴られるに決まってる。あの人は秀二が離れるのが耐えられないんだから」


 床にうずくまっても、目元を青黒く腫らしても、決して意見を曲げなかった黒崎くんの姿を想像する。

 きっと、それが初めて征一さんを否定した日だったのだろう。

 失うことを恐れながらも、幸記くんの手を離せなかった。離さなかった。


「秀二にとって、あの人は特別な存在だった。秀二が、俺とあの人を心のどこかで秤にかけていたことも知ってるよ。でも、そんな気持ちを覆してでも、俺を守ることを選んでくれたんだ」


 秀二は、俺のヒーローだったよ。


 幸記くんが微笑む。ちいさな瓶につめた宝物を眺めるように。

 それは日の暮れはじめた病室のなかで、淡く、きらきらと光っていた。