「俺には時々、あの人が幽霊みたいに見えた」


 こぼれかけた髪を耳にかけて、幸記くんは目を伏せた。何かを思い出すように数回まばたきして、下唇を舌でなぞる。 


「幽霊?」 

「うん。怖い話とかにあるじゃん、もうとっくに死んでいるのに気付いてない幽霊。初めて会ったときからそうだった。根っこに何もないのに行動力はあるから厄介で」


 穏やかな声だった。
 心地よく空調のきいたこの部屋のように。自然、私の動悸も少しずつ落ちついていく。


「小さい頃の俺は母親と暮らしていたんだけど、母さんは少し変わっていてね。俺を愛してくれてはいたんだけど、いつも誰かを待っているような、危うくて優しい人だった」


 微笑みまじりの言葉には、遠くを見つめるやるせなさがにじんでいた。


「母さんがいなくなってからしばらく経って、それまで会ったこともなかった伯父に引き取られたんだ。伯父は忙しいのかまるで顔を見せなくて、しょうがないから毎日時間が過ぎるのを待っていたら、小さな離れに連れていかれた」


 それは、捨ておかれたような寂しい一室だったそうだ。

 征一さんたちのお母さんは病気がちで、亡くなるまでほとんど家から出られなかったらしい。だからだろうか、征一さんは幸記くん人目につかない場所に閉じこめた。お母さんと同じように。


「君は人に会ってはいけない、こうするのが正しいからってね。俺が憎かったのか、他の扱いかたを知らなかったのか、実際のところよくわからない」


 もう聞きようもないし、と小さな呟き。細い肩を覆うのは薄手のパジャマだけで、私はベッドサイドにそえられた肩掛けを差しだした。