『いいからどっか行けよ! 俺は一人でいいんだ、兄さんなんて、いらないっ』



 感情を爆発させたような涙声で叫んで、腕のなかの飛行機を守ろうとした「弟」

 傷ついたように身をこわばらせる弟に触れようと、無意識に踵を浮かせていた「兄」


 身をよじった弟が、己を守ろうと咄嗟に突き出した手は、予想外の強い力で右肩を押し退けた。

 「兄」が足元のバランスを崩すほどの力で。



『あ……』

『兄さ――」



 宙を掻いた手と、助けようとした手。
 けれど何もかもが遅かった。

 重心を狂わせた身体は後ろのめりに階下へと落下し、鈍い音とともに硬い床へと叩きつけられた。


「頭から落ちたんだ。すぐに救急車が呼ばれて、命に別状はなかったものの、ひと月後に帰ってきた兄は明らかに以前とは別人になっていた」


 ああ。わかった。

 わかってしまった。


「必要なこと以外は話さず、表情すら変わらない。好きだった本や音楽にも、何の反応もしなくなって」


 どれだけ傷つけられても、目を焼かれそうになってさえも抵抗しなかった理由が。

 あの夏の夜、誰に対して謝っていたのか。



「……脳の神経を、損傷したんだと思う」