「大丈夫だ。落ち着いてゆっくり呼吸をして……いつも過ごす場所を、帰りたい場所を思い浮かべるんだ。大丈夫、俺が傍にいる」
「リュアン、様……?」

 後ろから覆うように彼はセシリーを抱きしめ、片方の手をしっかりと繋いだ。周囲の音が今だけは遠ざかり……密着した背中から彼のゆっくりとした心臓の音が伝わってくる。

 頭の少し上から、柔らかく、優しい声がセシリーの耳を揺らした。

「大丈夫だ。もう何も怖くない。一緒に帰ろう……俺たちの大事な居場所へ」

 猛る炎のように全身を駆け巡っていた熱が、ゆっくりと嘘のように沈んでゆく。

 ――こんなにも穏やかで安らいだ気持ちなのに……なんだが、とても哀しい。

 何かを思い出しそうになったセシリーは彼の胸に背中を預け、呼吸や鼓動の周期がゆっくりと重なってゆくのを感じながら、涙をこぼした。満たされた時間はすぐに過ぎ、気付けば周囲は静寂を取り戻していた。