髭面の男はいやらしく口を歪ませると、物凄い速さで人混みを抜け、ところどころでは飛び越えてゆく。男が纏った緑色の光を、すぐにラケルは魔法の輝きだと悟った。

 常人では対処しきれない。未熟なれど自分が動くべきかと、ラケルは迷う。その内に男は大きく膝を曲げて舞い上がり、壁を蹴って家の屋根に飛び移る。

 ああなればもう、今の自分では追えない。そう思ったラケルの隣で、誰かが軽やかに地を蹴った。

「ぬあっ――――!?」

 間抜けに口を大きく開いた男は、次の瞬間もう打ち据えられて気絶していた。突如現れた黒い制服の青年が、地面に落ちそうになった男と財布を抱え、魔法を使って軽やかに着地する。彼は重さを感じさせない足取りで老婆に歩み寄り立たせると、手に鞄を握らせた。

「ああ、ありがとうございます……」
「いえ、これも我々の仕事ですから。怪我も無さそうでなによりでした……では、失礼」