今は魔王の手も借りたい。~転生幼女のほのぼのチートスローライフ~


 いつしかリンバーグ山が赤く色づき、メイナ村にも秋がやってきた。

「多くねーか?」

 大量の食糧で圧迫された氷室から出てきたディルクが言う。

「備えあれば憂いなしって言うでしょ? だからこれでいいんだよー」

 エステルが冬に備えて張り切った結果、来年の春までなにもしなくても問題ないのではないかというほど食糧事情が安定していた。

「これなら今年の冬は、干し肉をかじって乗り切ることもなさそうだよな」

 ディルクに続いて氷室から出てきたフェンデルの手には、村の窯場で焼いた陶器の壺がある。

 その中になにが入っているのかを知っていたエステルは、腰に手をあてて怒った顔をしてみせた。

「そのお酒は収穫祭まで熟成させておく予定だったんだけど?」

「ちゃんと熟成できてるかどうか、味見が必要だろ? だから俺が村を代表してだな」

 村での酒造りもかなり進んでいた。

 今ではベリーから造った度数の弱い酒だけでなく、余った芋や米を使ったものや、ハーブを漬け込んだ薬酒が生産されている。

 麹によってできた甘酒も、酒が苦手な村人に大好評だった。

 これらは日持ちもするため、村で消費するよりは交易品として使われている。

 先日、村を訪れた商人によると、メイナ村の名物として街で一定の人気があるそうだった。

「毎日味見したらなくなっちゃうからだめ」

 エステルがフェンデルから酒の入った壺を取り上げる。

 それを見てくすくす笑ったのはレナーテだ。

「もう大人なんだから、エステルに叱られるようじゃいけないわよ」

「心はまだ五歳だからな」

「じゃ、酒飲めねーじゃん?」

「ディルクの言う通り!」

 エステルはフェンデルの手を逃れて氷室に酒をしまいに行く。

 数か月前までは村人のほとんどが口にしたこともなかった魚貝類が目についた。

 季節が変わってもラズは仲間とともにメイナ村へ海産物を届けに来てくれた。

(バターが安定供給されるようになったら、絶対ホタテのバター焼きを食べるんだ)

 エステルが氷室から出ると、ひと仕事終えたレスターがやってくる。

「お兄ちゃん、今日もお疲れ様!」

「ありがとう。でも教えてるだけだから、そこまで疲れてないよ」

 レスターは街で学んだ戦闘技術を村の若手に伝授している。

 最近では狩りもかなり安定し、怪我をして帰ってくる人数が極端に少なくなった。

 さらにエステルも予想していなかった思わぬ副産物がある。

 身体の使い方を知った村人たちは、より効率よく運搬する技術を身につけたのだ。

 リンバーグ山から運ばれる粘土や材木など、荷車が日に何度も往復するさまを見かけるようになっている。

「みんなも朝の仕事は終わったのか? だったらうちで昼ご飯にしよう」

 レスターが言うと、ディルクが待ってましたとばかりに満面の笑みを浮かべる。

「エステル。俺、タタキ丼がいいな!」

「ディルクはアレが好きだねー」

 エステルが幼馴染たちに料理をする回数も、以前よりぐっと増えている。

 単純に喜んでもらえるのがうれしかったのと、エステルの料理による能力アップの効果が彼らの生活に役立っていたからだった。

 それになにより、ゼファーの件がある。

 人間を好まないらしいゼファーは、長きにわたる封印のせいで食と睡眠を必要としていなかったが、エステルの頑張りのおかげで少なくとも眠れるようになった。

 食事に関してはエステルが作ったものしか口にせず、偏食っぷりも相変わらずである。

「ご飯の話をしたらお腹空いちゃった。早く作らなきゃ」

 エステルを先頭に、その後ろを幼馴染たちが続く。

 その様子は冒険に出る勇者の一行(パーティー)のようだった。



 そんなある日のこと、村に初めての客がやってきた。

 メイナ村を領内に置く地方貴族、キュラス男爵の使者だった。

「最近のメイナ村の変化は男爵様の耳にも届いている。村を訪れた予言者の手によるものだそうだな」

 使者たちにざわついていた村人の視線は、その場にいないゼファーではなくエステルに向けられた。

(そういうことに……なってもおかしくはないか)

 村人たちは本当の功労者を知っているが、街から来た商人や冒険者たちは違う。

 おそらくは断片的に耳にしたゼファーの話を聞いて、彼こそが村の発展に尽くした人物だと考えたのだろう。

「お言葉ですが」

 使者に向かって一歩踏み出したのは村長だった。

 優しく穏やかに笑ってエステルを手招きし、使者に向かって彼女を紹介する。

「村のために尽くしたのはこの子、エステルです」

 エステルは緊張しながらぺこりと頭を下げた。

 使者はじろじろとエステルを見ると、その顔を覗き込む。

「こんな子供が……?」

「ただの子供じゃない」

 横からレスターが声を上げる。

「君は?」

「この子の兄です」

「ふうん」

 使者はレスターのことも無遠慮に観察する。

(なんだかちょっと落ち着かないなぁ)

 レスターもエステルと同じものを感じたのか、彼女を庇うように自分の背後へ隠した。

「もしもそれが本当なら、その子供は女神の加護を受けているのやもしれんな」

「だとしたらどうするんですか?」

 レスターにしては攻撃的な聞き方だった。

 ほかの村人たちと同じく、様子を窺っている幼馴染たちが心配そうな顔をする。

「男爵様の屋敷に招待して話を聞かせてもらいたいんだ。どのようにして、前年までは納税も滞りがちだった村をここまで発展させたのか」

 そう言いながら使者は集まった村人たちを見回した。

「して、予言者というのは単なる噂か? 未来を見通す力があると聞いているが」

「そんなに大それたものではありません。雲の動きを読んで天気を予想する程度です」

 エステルの代わりにレスターが答える。

(ゼファーはそこまで村のことにかかわってないし、このくらいの説明がちょうどいい)