今は魔王の手も借りたい。~転生幼女のほのぼのチートスローライフ~

前のページを表示する

「うん、そうだね。ラズ以外のセイレンも来そうだったし、いっそ交易を行うための建物を作ってもいいのかも」

「冬までにまたやることが増えたな……」

 エステルがレスターの言葉に深くうなずく。

「お兄ちゃんが村に戻ってくるまでに、前に作った親子丼よりもっとおいしいものを作っておくから楽しみにしてて!」

「エステルが作ってくれるならなんでもおいしいよ」

 妹に向けて笑みを浮かべたレスターは、少し離れた場所で会話が終わるのを待っているゼファーのほうを見た。

「ゼファー。俺がいない間、エステルをよろしく」

 ゼファーは壁にもたれて腕を組んだまま、軽く鼻を鳴らした。

「話が終わったのなら帰る」

 そう言うと、ゼファーはエステルを抱き上げた。

 エステルにとっては魔法で運ばれるのも、直接抱き上げられるのも変わらない。

 いつものことだと慣れていたためおとなしくしていたが、その様子を見たレスターが思い切り顔をしかめた。

「エステルを抱っこしていいなんて言ってない!」

「運びやすい持ち方をしているだけだが」

「俺の妹を荷物扱いするな」

「お兄ちゃん、落ち着いて」

 ゼファーの腕に座りながら、エステルが苦笑いする。

「帰ってきたらお兄ちゃんも抱っこしてね」

「今でもいいよ。おいで、エステル」

 一瞬で気の抜けた笑みになったレスターが手を伸ばすも、指先がエステルに触れる前にゼファーが身を引く。

「おい」

「これ以上は時間の無駄だ」

 また憤慨しているレスターを尻目に、ゼファーはエステルに視線を落とした。

「……あんまりお兄ちゃんをいじめないで」

 ゼファーはエステルだけでなく、文句を言うレスターもきれいに無視した。

 レスターよりひと足早く村に戻ってきたエステルは、思いついた仕事から着手を始めた。

 まずはセイレンの一族との交易について村人に伝え、興味を持った者と村から送る物品の精査を行った。

 海にはないものがいいだろうということで、エステルが以前フェンデルと作ったベリーの果汁を乾燥させただけの菓子や、試行錯誤の末に完成したベリーの酒が主なものとしてあがった。

 ほかには石窯パンや干し肉、普段から村で食されている野菜も一応用意し、いずれやってくるラズに選んでもらう形で話が落ち着いた。

 レスターがいない間、畑の世話をするのはエステルだけだ。

 相変わらず成長が早すぎる作物を収穫して家に戻ると、珍しくゼファーが中にいる。

「なにしてるの?」

 収穫した作物から形のいいものを選別して分けるエステルだったが、ゼファーからの返事はない。

 尋ねはしたものの、特になにかをしている様子はなかった。

 どうやらいつものようにエステルを観察しているようだ。

(お兄ちゃんがいないから家にいるんだったりして)

 エステルの予想は正しかったらしく、その夜、ゼファーは初めてエステルとともに屋根の下で過ごした。

 食事を取らず、眠る素振りも見せないが、エステルがベッドに潜り込むとなぜか枕もとまでやってくる。

「一緒に寝る?」

「いや」

「じゃあ、おしゃべりする?」

「寝ろ」

 エステルは毛布の中から手を伸ばし、ゼファーの手を握った。

「眠らないで過ごすには、夜って長すぎると思う」

「慣れた」

 ゼファーはエステルに手を握られたまま、彼女のほうを見ずにつぶやく。

「食事を取らずにいるのも、眠らずに過ごすのも、もう慣れた」

 もう一度言うのを聞き、エステルの胸が少し痛む。

「それは……封印されていたせい?」

「そうだな」

「……そっか」

 エステルにはもうなにも言えなかった。

(そういえば、封印されている間も意識があったって……)

 正気を失ってもおかしくないほどの年月を、ゼファーはなにもできずに囚われ続けてきたのだ。

「ゼファー」

「眠れと言ったはずだ」

「寝るから、こっちに来て」

 エステルはゼファーの手を引っ張り、自分のベッドの中に招き入れた。

 レスターがいたら嫉妬でゼファーを追い出していたに違いない。

「ちょっとずつ眠れるようになったらいいね」

「なんのために」

「そうしたら夜も寂しくないよ」

「寂しさなど感じたことはない」

「私が寂しいの」

 ひとつのベッドに、しかもエステル用の小さなベッドに入るにはゼファーは大きすぎた。

 それなのにベッドを出ていこうとはせず、エステルのやりたいようにさせて毛布の中に落ち着く。

「目、閉じて」

「あれこれと要求ばかり煩い」

「目を開けたままじゃ寝られないでしょ」

 ほら、とエステルは手本を見せるように目を閉じる。

 そんな彼女の身体を、なにを思ったかゼファーがそっと抱きしめた。

「私、抱き枕じゃないよ」

「だろうな。お前は私が知る中で最も鬱陶しい人間だ」

 レスターにも抱き枕扱いされたことのなかったエステルは、しばらくゼファーの腕の中でもがいていた。

 しかしやや強引に背中を押さえつけられ、最後は諦めておとなしくなる。

「ゼファー」

「煩い」

「……おやすみって言おうと思っただけだよ」

 エステルはゼファーの広い胸に顔を押しつけ、静かに息を吐いた。

「おやすみ」

 返事はない。

 もとから期待していなかったため、エステルは気にせず心地よいぬくもりに身を委ねる。

(ゼファーが眠れないってもっと早くに気づけばよかった。みんなが寝ている間、ずっと外でなにをしてたんだろう)

 つきん、とまたエステルの胸が小さな痛みを訴える。

(かわいそう、なんて思ったらきっと嫌がるだろうけど。……でも、かわいそうだ)

 エステルの脳裏に眠れない夜をたったひとりで過ごすゼファーの姿が思い浮かぶ。

(……この人は独りに慣れすぎてる)