今は魔王の手も借りたい。~転生幼女のほのぼのチートスローライフ~

 ゼファーにはエステルの言っている言葉の意味を理解できなかっただろう。

 素っ気ない返しだったが、エステルはもう気にしなかった。

(ゼファーは悪い人じゃない。怖い人かもしれないけど。そうじゃなかったらこんなアドバイスをしてくれないと思う)

 彼に気に入られて延命することがエステルの目標になっていたが、どうやらそれは早くも達成されそうだった。

(となると、次の目標はメイナ村を成長させること。しかも一年で。なるほどね、ロールプレイングゲームじゃなくてシミュレーションをやれってこと。それなら任せてよ。それ系のゲームでも死ぬほど時間を溶かしたんだから……!)

 新しい目的を見つけて燃えに燃えたエステルは、興奮を抑え切れず目の前のゼファーにぎゅっと抱きついた。

「ありがとう、ゼファー!」

「馴れ馴れしいぞ、人間」

 ゼファーがひょいっとエステルの襟首を掴み、空中にぶら下げる。

 その行為が意図するものを察し、エステルの顔からさっと血の気が引いた。

「えっ、待って、嘘、違うよね?」

「あまり調子に乗るな」

 その言葉とほぼ同時に、ゼファーはぱっとエステルを掴んでいた手を離した。

「嘘でしょおおお!」

 重力に従い、地面に向かって急速に落下するエステルの声が辺りに響き渡った。

 それからというもの、エステルは村の開拓に向けて奔走を始めた。

 ちなみに先日、空から落とされたときはゼファーの魔法によって、地面に叩きつけられることなく無事着地を果たしている。

(やっぱりよくわかんない人だな)

 今日もエステルはゼファーを図りかねたまま、家の倉庫に薪をせっせと集めていた。

 彼女の視線の先には、なにをするわけでもなく宙に座るゼファーがいる。

(観察されてる……っぽい?)

 彼はこの村に来て以来、基本的にエステルに追従した。

 それでいてエステルが手伝いを頼むと不快感を示すのだ。

(まあ、慣れたけど。ゼファーを気にかけてる場合じゃないしね)

 現在の季節は夏だ。

 エステルがかつてプレイしたシミュレーションゲームでは、どれもいかに冬を乗り越えるかが重要なポイントだった。

 ゆえに彼女は暑い盛りにもかかわらず、既に冬に向けての準備を始めているのである。

「ゼファー、手伝って」

「断る」

 一応声をかけたエステルだったが、やはり返事は芳しくない。

(こんなことなら村のみんなに『異種族の予言者』じゃなくて『新しい働き手』って紹介したほうがよかったかな。それならもう少し手伝いを強制できそうだったのに)

 事情を知る幼馴染以外の村人は、ゼファーの定住に文句を言わなかった。

 独学で知識を仕入れたレナーテと違い、彼らは人型の魔族を『ちょっと耳が長い人』くらいにしか受け取らなかったからだ。

 この村によそからの移住者が少なくなかったのも大きいのだろう。

 ゲームの公式設定としてエステルは拾われて育てられた子だし、親の姿が見当たらないほかの幼馴染たちもそういう処理がされているようだ。

 こういう細かい設定の部分はどうも甘い。

 エステルは小さな身体でひと抱えもある薪を懸命に運び、倉庫に入れてから額の汗をぬぐった。

「今やっておかなきゃ、寒い冬を過ごすことになるんだよ」

「私を人間と同様に扱うな」

「……じゃあ今も暑くないの?」

 手が空いたエステルは小走りでゼファーのもとへ向かうと、背伸びをして顔を覗き込んだ。

(涼しい顔、ってこういう顔のことを言うのかな)

 少し日に焼けた腕をむき出しにしたエステルと違い、ゼファーは着込んでいると言っていいほど厚着だ。

 それなのにじりじり刺す日差しをまったく気にしていない。

「どうして涼しいの? 魔法?」

(もしそうなら、私にもかけてくれないかなぁ)

 エステルは自身の背中に汗が伝うのを感じながら期待したが、ゼファーは鬱陶しそうに顔を背けただけだった。

 そこに足音が近づく。

「またエステルをいじめてるのか?」

 過保護な兄、レスターだ。

 エステルよりも大量の薪を持っており、彼もまた額に汗を浮かべている。

「今度やったら追い出すって言ったよな」

「いじめられてたわけじゃないよ」

 慌ててエステルが間に入る。

「手伝ってくれないからお説教してたとこ」

 エステルが言うと、ゼファーが嘲笑するように鼻で笑った。

「冬になってから寒いって言っても、暖炉にあたらせてあげないんだからね」

「そのときはお前の住居ごと燃やして暖を取る」

「そんなことしたら怒るから」

 最初はエステルもゼファーの物言いにいちいちびくついていたが、もうすっかり慣れてしまった。

 彼と接するようになってからもう十日以上経つ。エステルを脅す発言は多くても実行した数はいまだゼロだ。

 それが単に行動に移すのを後回しにしているだけなのか、多少はエステルに好意があるのかまだわかっていない。

「エステルを怒らせると後が怖いぞ」

 妹がいじめられているわけではないとわかったらしいレスターは、ひと言残して持っていた薪を倉庫にしまいに行った。

「この私が人間など恐れるものか」

 ゼファーのつぶやきが聞こえ、エステルは心の中で苦笑する。

(そうでしょうね。今はただの無駄飯食らいでしかなくても、本当は魔王って呼ばれる存在なんだから)

 そうしていると、今度は村の住民がふたりのもとにやってきた。

 大らかすぎる村民は異質な外見をしたゼファーにまったく物怖じしない。

「ゼファーラントさん、そろそろ羊がいるとありがたいんだけど、次に来る商人は羊を連れてきてくれそうかい?」

「知らん」

 律儀に返事をするだけまだいいほうである。

 エステルは慌てて村人とゼファーの間に割り込んだ。

「ごめんね、予言者って言ってもなんでもわかるわけじゃないみたいなの」

「そうかぁ。もし羊を買えそうなら、街に行かなくてもいいかと思ったんだけどねえ」

 それじゃあ、と村人は特に残念そうな様子も見せず彼らのもとを立ち去る。