「憎らしい気配がする」
「わ……わからないよ」
そう答えておくが、エステルにはゼファーがなにを言っているか理解できた。
(女神の魂の話をしてる)
エステルがその力を有しているからこそ、最終決戦にてゼファーは打ち滅ぼされる。
彼を封印したのも女神で、滅ぼすのも女神の力を宿した聖女となれば、憎らしいと感じるのも当然だった。
「特別な力があっても意味ないよ。使い方がわからないから」
「力があることについては疑問を抱かないのだな」
淡々と言われてエステルの背筋に冷たいものが流れる。
「普通じゃないかもってたまに思うことがあったり……なかったりしたから……」
「……だから毎日のように私のもとを訪れていたのか?」
初めてゼファーの顔に表情が浮かんだ。
疑問と困惑、訝しんでいるようにも見える。
「そんな感じ」
自身との関係をどこまで口にしていいか判断できず、エステルは曖昧に濁して答えた。
それを聞いたゼファーがなぜか口もとに薄く微笑を浮かべる。
「力は使うものだ」
「だから、使い方がわからないの」
「手のかかる人間だな」
「教えてくれるの?」
「お前の持つ力と私の力は同種ではない。むしろ相反するものだ。教えを乞われたところで答えられん」
女神と魔王の力なのだから当たり前である。
エステルは少し悩んでから、自分の胸にそっと手を当てた。
「……村が滅ぶのは嫌だよ」
「そうか」
「みんなが死んじゃうのも、嫌」
それはエステルがこの世界でずっと抱き続けている願いだった。
「どうしたらいいんだろう……」
ゼファーはエステルを膝に乗せたまま、視線を彼女から眼下の景色へ移す。
「魔物以外の生態系にも影響が出るだろうな」
「……うん」
「単なる薬草でさえ、効果が変わるやもしれん」
はっとエステルが身を乗り出す。
うっかりバランスを崩しそうになった彼女を、ゼファーがさりげなく支えた。
「そっか! ラストダンジョンになるなら、いい素材も手に入りやすくなるんだよね」
最初に訪れた街と最後に訪れる街では販売されているアイテムの種類が異なる。
当然、ラストダンジョン前の街でなんの変哲もない薬草など売られていない。
高価でたしかな効能が期待できる最上級回復薬や、場合によっては蘇生薬だってあるのだ。
「メイナ村をチュートリアルの村から、ラストダンジョン前の村にすればいいんだよ! そうしたら強い冒険者だってたくさん来てくれるし、村の人だってきっと強くなるし、魔物に襲われても大丈夫だよね!」
「知らん。同意を求めるな」
ゼファーにはエステルの言っている言葉の意味を理解できなかっただろう。
素っ気ない返しだったが、エステルはもう気にしなかった。
(ゼファーは悪い人じゃない。怖い人かもしれないけど。そうじゃなかったらこんなアドバイスをしてくれないと思う)
彼に気に入られて延命することがエステルの目標になっていたが、どうやらそれは早くも達成されそうだった。
(となると、次の目標はメイナ村を成長させること。しかも一年で。なるほどね、ロールプレイングゲームじゃなくてシミュレーションをやれってこと。それなら任せてよ。それ系のゲームでも死ぬほど時間を溶かしたんだから……!)
新しい目的を見つけて燃えに燃えたエステルは、興奮を抑え切れず目の前のゼファーにぎゅっと抱きついた。
「ありがとう、ゼファー!」
「馴れ馴れしいぞ、人間」
ゼファーがひょいっとエステルの襟首を掴み、空中にぶら下げる。
その行為が意図するものを察し、エステルの顔からさっと血の気が引いた。
「えっ、待って、嘘、違うよね?」
「あまり調子に乗るな」
その言葉とほぼ同時に、ゼファーはぱっとエステルを掴んでいた手を離した。
「嘘でしょおおお!」
重力に従い、地面に向かって急速に落下するエステルの声が辺りに響き渡った。
それからというもの、エステルは村の開拓に向けて奔走を始めた。
ちなみに先日、空から落とされたときはゼファーの魔法によって、地面に叩きつけられることなく無事着地を果たしている。
(やっぱりよくわかんない人だな)
今日もエステルはゼファーを図りかねたまま、家の倉庫に薪をせっせと集めていた。
彼女の視線の先には、なにをするわけでもなく宙に座るゼファーがいる。
(観察されてる……っぽい?)
彼はこの村に来て以来、基本的にエステルに追従した。
それでいてエステルが手伝いを頼むと不快感を示すのだ。
(まあ、慣れたけど。ゼファーを気にかけてる場合じゃないしね)
現在の季節は夏だ。
エステルがかつてプレイしたシミュレーションゲームでは、どれもいかに冬を乗り越えるかが重要なポイントだった。
ゆえに彼女は暑い盛りにもかかわらず、既に冬に向けての準備を始めているのである。
「ゼファー、手伝って」
「断る」
一応声をかけたエステルだったが、やはり返事は芳しくない。
(こんなことなら村のみんなに『異種族の予言者』じゃなくて『新しい働き手』って紹介したほうがよかったかな。それならもう少し手伝いを強制できそうだったのに)
事情を知る幼馴染以外の村人は、ゼファーの定住に文句を言わなかった。
独学で知識を仕入れたレナーテと違い、彼らは人型の魔族を『ちょっと耳が長い人』くらいにしか受け取らなかったからだ。
この村によそからの移住者が少なくなかったのも大きいのだろう。
ゲームの公式設定としてエステルは拾われて育てられた子だし、親の姿が見当たらないほかの幼馴染たちもそういう処理がされているようだ。
こういう細かい設定の部分はどうも甘い。
エステルは小さな身体でひと抱えもある薪を懸命に運び、倉庫に入れてから額の汗をぬぐった。
「今やっておかなきゃ、寒い冬を過ごすことになるんだよ」
「私を人間と同様に扱うな」
「……じゃあ今も暑くないの?」