(なんかこの場面、見覚えがある……)
それは、ふわふわしたピンクの髪の毛、濃い青色の瞳を持つ令嬢が、わたしの婚約者――――ヴァージル殿下と微笑み合う姿を見たときのことだった。
どこからともなく舞い上がる花吹雪。周りには沢山の人がいるのに、まるでふたりきりみたいな空気感を醸し出し、熱く互いを見つめ合っていた。
(分かった。――――あれだ。乙女ゲームだ)
自覚した瞬間、記憶が走馬灯のように一気に蘇ってくる。
状況を一度整理しよう。
わたしはマチルダ。公爵令嬢であり、王太子ヴァージルの婚約者だ。今日から彼とともにこの王立学園に通うことになっている。
父は宰相。それから、優秀な兄が一人いる。子供の頃からの記憶だってバッチリある。
だけどこの世界は、前世のわたしにとっては非現実――――人の手によって作り上げられたゲームの中の世界だ。
(っていっても、内容はほとんど覚えてないんだけどね)
大きなため息を吐きつつ、わたしはヒロインと己の婚約者とをちらりと見遣る。
わたしは元々恋愛小説や乙女ゲームが好きなタイプじゃなかった。寧ろ恋愛とかそういうのは苦手で、遠ざけていたといっても過言ではない。だけど――――
『ダメだよ真知。恋愛が苦手ってだけならまだしも、性格キツイし隙だってないし、そんなんじゃ一生彼氏できないって。男ってもっとふわふわした子が好きなんだからさ』
友人の一人にそんなことを言われて、参考にするようにと渡されたのがこの乙女ゲームだった。
今思うとめちゃくちゃ大きなお世話だけど。それでも一応プレイはした。
(苦手なんだよなぁ、あのヒロイン)
明るくてふわふわしていて、隙だらけで。恋愛のことしか頭にないって感じ。
そりゃ、ゲームだからキャラクターやそれを取り巻く一面しか切り取られてないんだろうけど、それにしたってわたしは好きになれなかった。
(そもそも、婚約者がいる男を好きになって、奪い取っておいて、被害者ぶるってどうなのよ?)
この先になにが起こるかを思い出すだけで、頭がめちゃくちゃ痛くなる。
ヒロインのカトレアは王太子ヴァージルと恋に落ち、婚約者(つまりわたし)がいることに思い悩む。
わたしはわたしで、ヒロインに苦言を呈しまくり、王太子とのデートなんかを妨害し、ゲームにおける悪役として君臨する。
最終的には、王太子ヴァージルはそんなわたしに愛想を尽かし、今から三年後に婚約を破棄し、カトレアと婚約を結び直してハッピーエンドっていう流れだった――――と思う。
(でもさ、それってひっどい話よね)
ヒロインがやってることって略奪じゃん。ただの横恋慕じゃん。
それなのに悪いのは苦言を呈し、二人を邪魔した悪役令嬢のマチルダのほう。
王太子については罪悪感すら覚えていない印象だったし、最悪。
まあつまり、このゲームは前世のわたしにとって、全く参考にならないどころか大嫌いなクソゲーだった。
「マチルダ」
と、そのとき、ヴァージル殿下がわたしの名前を呼んだ。
ようやくわたしの存在を思い出したらしい。わたしも忘れていた――――っていうか、こんな男、どうでもいいから別に構わないんだけど。
「なんでしょう? わたしになにか? ……あっ、もしかしてお邪魔でした?」
ゲーム内でマチルダ(=わたし)がふたりになにを言ったかは覚えていない。多分だけど、早速苦言を呈してたんじゃなかったかな。
まあ、それが当たり前の感覚だと思う。自分の婚約者がどこの誰とも知らない女と目の前でイチャイチャしてるんだからさ。
「え? あ……いや、長引きそうだから先に教室に行ってもらったほうが良いかな、と」
「承知しました。そのほうがありがたいですわ。それでは御機嫌よう」
ぼーっと突っ立っていたせいで足が痛いし。他ならぬ殿下が勧めてくれたんだもん。遠慮なく帰らせてもらうことにする。
なぜだかわたしの返答に困惑しているヴァージル殿下を置いて、わたしはひとり、校舎へと向かった。
***
「先ほどはすまなかった、マチルダ。不快な思いをさせただろう?」
教室で授業がはじまるのを待っていたら、ヴァージル殿下はわたしに謝ってきた。
(悪いと思うなら最初からするなよ)
わたしは深々とため息を吐きつつ、ヴァージル殿下をちらりと見遣る。
「さっきの令嬢は? 同じクラスじゃないんですか?」
「え? ……ああ。彼女は隣のクラスらしい。もっと成績が良ければ、と残念がっていたよ」
「……そういえば、そんな話でしたね」
この学園のクラス分けは成績順になっている。ヒロインはもともと中の中ぐらいの成績で。そこからヴァージルのために努力して、最終的には同じクラスに上がれるっていう話の流れだった。
(まあ、努力家なのは結構だけど)
性格がほわほわしているうえ、知識までないんじゃ、妃なんてとても務まらないだろうしね。
「――――怒っていないのか?」
「怒る?」
わたしの反応が意外だったらしい。バージル殿下は首を傾げつつ、そんなことを尋ねてくる。
「別に。怒る要素が見当たりませんけど」
殿下に対して思うところはなにもない。
二年ぐらい前に親から婚約するように言われて、数回顔を合わせただけ。
顔は綺麗に整っているけど、わたしの好みじゃないし。
どうせ婚約破棄は確定事項だろうから、これからはさらに距離を置くのが正解だろう。
(お妃教育が始まるのは一年後って話だしね)
ゲームと展開が変わっちゃうけど、できたらこの一年の間に婚約を破棄されてしまいたい。面倒なことは嫌いだし、無駄金だもん。国にとって良いことはなにもないしね。
「わたしのことはどうぞお構いなく。殿下は殿下の心のままに。好きなようになさればいいと思います」
恋愛も結婚も面倒だ。心を動かすだけ時間の無駄だし、そんな価値はないと思う。
おそらくだけど、殿下に婚約を破棄されたら、わたしと婚約したいっていう人は現れないだろう。わたし自身はそれで構わない。
どうしても結婚させたいなら、親が頑張ってくれるだろう。前世みたいに自由恋愛ってわけじゃなく、政略結婚がほとんどだから、その点についてはこっちのほうが楽だ。
(乙女ゲームを参考に性格を改めろ、恋愛しろなんてことも言われないだろうし)
小さく笑うわたしをよそに、殿下は先ほどよりも大きく首を傾げた。
***
その後、ヒロインのカトレアとヴァージル殿下は順調に交流を続けているようだった。
(たしか裏庭にある秘密の場所で逢瀬を重ねながら、王太子としての重責を打ち明ける、とかって感じだったっけ)
誰からも同情、共感してもらえないヴァージル殿下にとって、ヒロインの存在は癒やしらしい。愚痴に対して「わかります」って返事をしたら、ヴァージル殿下にめちゃくちゃ嬉しそうに微笑まれて、ヒロインがときめくっていうありきたりな展開が書かれていた覚えがある。
まあ、本人に交流状況を聞いたわけじゃないし、確認しに行ったわけじゃないから、実際のところはよく分かんないんだけど。
(たしか、原作ではマチルダが二人の逢引現場に乗り込んで邪魔をするし、ふたりきりで会うのを禁止するし、国王陛下や王妃様に言いつけて結構おおごとにしてたんだよね)
当たり前の行動っちゃ行動だと思う――――けど、相手を思っていないわたしには絶対にできない。妃の位に対してだって、なんの思い入れもないし。わざわざ足を運ぶのも、怒るのも疲れるし。
「どうして殿下をお止めにならないんですか、マチルダ様!」
とそのとき、背後から唐突に声をかけられた。
愛らしくて甲高い女性の声。振り返ったら、そこにはヒロイン――――カトレアの姿があった。