「五分待って…」

「早くね」

大急ぎで歯を磨いて、顔を洗う。
箪笥から適当なロンTとデニムを引っ張り出して、簡単に髪を整えた。

財布とスマホだけをポケットに突っ込んで、テレビの部屋にいった。

「行ってきます…」

「…」

今日もママの中に、私は存在しない。

市営アパートの階段をゆっくり下る。
まだ七時半にもなってない。

ちょっとだけ肌寒かった。
上着を持ってくれば良かったって思ったけれど、もう戻れない。

行くあてなんかなくて闇雲に歩いていたら、ポケットの中でスマホが震えた。

画面には「小高真翔」の文字。

「まこと…?」

一人呟いて、緑色の「応答」をタップして、耳に当てた。

「もしもし…?」

「おはよ」

寝起きみたいな声だった。

電話越しだからかもしれない。
電話の真翔の声を初めて聞いたから、違和感があるのかもしれない。

ちょっとかすれていて、口調はいつもよりもっとやわらかい。

「おはよ。どうしたの」

「びっくりした?」

「したよ」

「へへ。ごめんね。寝てた?」

「ううん。外だよ」

スッ…って、真翔が息を吸う音が聴こえた。
いつもよりすごく真翔の息遣いを近くに感じてなんだか恥ずかしい。

「外?なんで?」

「うん。ちょっとね…」

「え?だいじょうぶ?」

「ん…だいじょうぶ…かな」

「うそ」

「はは…」

電話の向こうで布が擦れる音がして、真翔が背伸びしたみたいな声が聴こえた。

「はー。よいしょ…っと。今、どこ?」

「え?えっと、河原のとこ。バス停のほうの…」

「分かった。そこに居て」

「え!?真翔!?」」

「絶対に居て」

それだけ言って、電話は切れた。

きょとん、としたまま動けない私。
今からここにくるの?
え…本当に?

突然のことで頭が働かない。
でも真翔がここに居てって言ったから、私はそうするしかなかった。

そうしたかった。