忘れ物なんか無い。
信じたわけじゃない。

男のスマホが鳴る。
メッセージアプリの通知音。

「チッ…もう着くのかよ」

私を見る、ギロッとした目。

「ママですか…」

「んー。待ち合わせしてんだよ。コ・コ・で」

ママが居ないことなんてとっくに知っていて、
むしろママは出掛けた後にこの男との待ち合わせ場所にココを選んだんだ。

「なんでこんなこと…」

「あいつに言われてんだよねぇ。もし自分がいない時にまつりちゃんが俺の言うこと聞かなかったら躾けてあげてねってさ。俺はー、お前の未来のパパになるかもしれないんだからさ」

知ってる。
この男はママにも暴力をふるってること。

ママが時々顔に痣を作ってくるのはこいつのせいだ。

ママは自分が暴力をふるわれることが怖いから、私を盾にしてるんだ。

玄関のドアの開く音がした。

「もう着てたんだ…ちょっとまつり!何これ!」

散乱したメイク用品を見て、ママは鬼みたいな顔をした。

バシッて渇いた音が鳴って、じんわりと頬に痛みが広がっていく。

「何してんのよ!」

「この人に…」

「あんたが言うこと聞かなかったんでしょ!?このクズ!もう弁償だからね!?一ヶ月間、お金なんてやらないから!おばあちゃん達に泣きついてもだめだよ!?」

バシッ…バシッ…私の頬と、ママの手の平がぶつかる音。

「おいおい、やりすぎー。可愛い顔が台無しじゃん」

「ふんっ…可愛いって、若さだけでしょーが」

「何言ってんだよ、可愛いだろーが。さすがお前の娘」

「やだ、もー」