どっちのほうがマシかなんて考えられなかった。

目の前の恐怖を排除したい。
それしか脳内には残らない。

震える指で鍵とチェーンを外した。

重いドアがギッ…と音を立ててゆっくり開く。
すかさずドアの隙間に差し込まれる手。

「さっさと開けろよ」

「ごめ…なさ…」

ママの彼氏は無遠慮に部屋に上がって、家主みたいな顔でテレビの部屋まで来て、さっき片付けたばかりの灰皿で煙草を吸い始めた。

「まつりちゃん、久しぶりだね」

ニタッと笑う表情が嫌いだ。
真翔の笑った顔とは全然違う。

「はい…」

「高二だっけ?十七歳か」

「まだ十六です」

「ふーん」

頭の先から爪先までジワジワと這う視線。
蛇みたいな男。

気色悪くて吐きそうになる。

「あの、忘れ物は…」

「さぁなー」

忘れ物なんか無い。
そんなこと分かってる。

煙草を吸い終わって、立ち上がって私の体に密着するように立った。

髪を掴まれる。

体中鳥肌。

怖い。怖い。

掴んだ髪をそのまま強く引いて、引いた分、押された私は壁にぶつかって倒れた。

転んだ拍子に傍にあったママのメイクボックスに手を付いて、中がバラバラと散乱した。