「イジメられてたのよ、私」

なんでも無いことのように、武田さんがあんまりサラッと言うものだから、聞き間違いかと思った。

「え…えっ?イジメ?」

「連呼しないでくれる?」

「ごめんっ…それは…いつ?」

「小学五年生くらいから中一まで」

「三年も…」

「運悪く中一でも小学生から一緒のボスみたいな女子と一緒のクラスになっちゃってさ。中学でも一瞬だった。掃除の時間にボスが私を蹴った。体の大きい子だったから、蹴られた私はロッカーにぶつかった。それが合図。あぁ、こいつのことはこんな風に扱っていいんだって空気が一瞬でクラスに広がったの。そこからはもう地獄。小学生より力も知恵もつけたいじめっ子達の“遊び”はレベルアップしてた」

「そんな…」

目の前にある台本でも読んでるみたいに武田さんは淡々と話す。
そうしていないと心が保てないように見えた。

「あんたさ、視聴覚室で私がパーカーのフードを直そうとした時、目瞑ったでしょ。殴られるって思ったでしょ。…よく分かるよ。私は身体的なイジメも受けてたから。こうやって…」

武田さんの手の平がサッと私の目の前をよぎる。
咄嗟に目を瞑って俯いた私の頭に、ポンッて武田さんの手が乗った。

「だから殴んないって。こんな風にさ、誰かの手が顔の前を通るのが怖いんだよね。体はよく憶えてる。記憶が一瞬であの頃に連れ戻される。あんたは…誰にヤラれたの」

一瞬、迷った。
私の黒い事実は真翔しか知らない。

でも武田さんに黙ってるのは違う。
だって武田さんは秘密を教えてくれたから。

過去の苦しみを言葉にするのはしんどい。
自分で傷を抉っているのと同じ。

それでも武田さんは教えてくれた。
本当は誰にも知られたくないはずの傷を。

「ママに…ヤラれてる…」

「私より酷いじゃん」

「なんで…?」

「私の親は優しかった。イジメられてるってことはやっぱ言えなかったけど。家に帰れば明日も生きていたいって思えた。でも九条さんは家に帰っても地獄だったんだね。なのに私が…学校にまで地獄を作ってたんだ…」

どう返事をしていいか分からなくてオレンジジュースを飲んだ。
氷が溶けて、ぬるかった。

「ドリンク、おかわり取ってこようか?」

武田さんは首を横に振った。