金曜日の夕方。

意外にもカラオケはすんなり入室出来た。

「絶対待つと思ってた」

「ここはそうでもないよ」

「そうなの?」

「繁華街からはちょっと逸れてるし、大人はこの時間は先に呑みでしょ」

「そっかぁ…」

そんな情報、私は全然知らなかった。
クラスメイトとカラオケに入るのも初体験だし。

リコ達ともカラオケには行ったことがない。
小学生の頃に親戚に、二、三回連れていってもらったくらいだ。

カラオケルームに入る前にドリンクバーでドリンクを注いだ。
カラオケにドリンクバーがあることも知らなかった。

隣も空室で、ドアを閉めても店内のBGMがよく聴こえてきた。
曲は聴いたことあるのに、歌っているアーティストの名前は分からない。

武田さんは知ってるのかなって思ったけれど、訊かなかった。

「九条さん、本当に変わったね」

烏龍茶を一口飲んで、武田さんが言った。

「みんなの前では…ちゃんと喋れるようになってきたと思う」

「もう真翔は要らないんじゃない」

フッて笑う武田さん。
何故だろう。嫌味とかじゃなくて、寂しさを感じた。

そう言えば武田さんはいつから私を「九条さん」って呼ぶようになったんだろうって思った。
少し前までは「九条」だった。

ちょっとずつ私に対してやわらかくなっていってることも嬉しかった。

「要らなくないよ。要らなくなんて絶対ならない」

「なんで真翔なの」

武田さんは真っ直ぐに私を見つめた。
私もオレンジジュースを飲んで、「なんでかな…」ってすごく小さい声で答えた。

「最初に九条さんに優しくしたのが真翔じゃなかったら、真翔はずっと私の物だったのかなって思うよ」

「真翔は…」

「分かってる!もう分かってるよ。誰の物でもないって言うんでしょ。でも今あいつの中で一番大事なのは九条さんでしょ。それは絶対に」

「分かんないよ…」

「何が?」

「今は確かに傍に居てくれる。これからもそうじゃなきゃ無理だって思う。でも一人の人間をずっと縛り付けるなんて神様みたいなこと、ずっと叶うなんて思えないでしょう?私は真翔を信じてる。ずっとそうであってくれって毎日祈ってる。それだけだよ」

武田さんは今度は烏龍茶を一気に飲み干した。
グラスをカンッてテーブルに置いて、「惚気聞いてあげる為に来たんじゃないんだけどな」って言った。