「琴音はさ、将来どんなことがしたいの?」


 美輝の言葉で思考が現実に引き戻される。

 ついでにやはりここは現実なんだという実感が込み上げてきた。

 高校を卒業してそれぞれ別々の道へ歩いていく未来が、すぐそこまできているんだ。


「そうだなあ、ピアノの講師になれたらいいなって思ってるけど、大変だろうなあ」

「ピアニストでも先生でも、琴音ならなんでもできるよ」


 温泉という空間の効果だろうか。美輝の瞳はどこか虚ろだ。


「美輝は将来どうするの?」

「わたしは……とにかく大学に行きたいかな。一度でいいからキャンパスライフってのを味わってみたかったんだよね」

「でも、美輝はスポーツ医療が学べる大学に行くんでしょ?」


 あまり深く考えずに浮かんだ疑問をそのまま投げかけてみると、美輝はなにかを思い出したように、ぱちぱちと目を瞬かせた。


「そう……だったね」

「うん、お互い頑張らないとね」


 静寂の中、湯船にお湯が落ちる音だけが響く。


「……琴音、夢を叶えてね」


 美輝がか細い声でぽつりと呟いた。


 なんだか心配だ。

 美輝は夢を諦めてしまったのだろうか?

 それを問いかけようとした瞬間、しぶきを上げて美輝が立ち上がった。


「そろそろあがろっか。男子ふたりも待ってるだろうし」


 よく見ると辺りはすっかり真っ暗になっている。

 風情ある照明のおかげで時間を忘れてしまっていた。


 湯船から出て脱衣所に戻ると、美輝はいつもと変わらない普段どおりの笑顔に戻っていた。