――カランカラン。


 注文を済ませておしゃべりに花を咲かせていると、入口の扉が開いて、ひとりの男性が店内に入ってきた。


「いらっしゃ……あっ、おかえりなさい。大変だったね」

「ただいま、遙。うん、大事には至らなくて、なによりだったよ」


 店員さんのお父さんだろうか?


「やあ、君たちはさっきのバスに乗っていたね。うちで食べてってくれるなんて嬉しいね」

「一緒に乗り合わせていたかたのお店だなんて、なんだか偶然ですね」


 怜が笑顔で返答した。


「うん。脱サラして、最近始めたばかりなんだけどね」

「最近……ですか?」


 わたしはすかさず訊ねる。


「あぁ、今年の三月に始めたばかりだよ。きみたちは旅行かい?」

「僕らはここから電車に乗って、那智《なち》のあたりまで向かいます。僕の祖父が旅館を営んでいるので、そこで世話になる予定です」


 訊ねたくせに反応できないわたしに代わって、結弦が丁寧に応対してくれた。

 腑に落ちない。三月から今日までの間にここに来た覚えはない。


「ここは観光地でもなんでもない只の田舎だから、よそから来て食べていってくれるなんて、とても嬉しいよ。ありがとう。まあ、ゆっくりしていってね」


 戸惑うわたしなどおかまいなしにそう言い残して、おじさんは店の奥へと入っていった。