乗り換えたバスに一時間ほど揺られると、目的地である市街地に着いた。バスを降りたわたしは「あっ」と驚いた声をあげる。
駅前にはバスが数台止まっているロータリー。その先には小さく賑わっている商店街。
「琴音、どうしたの?」
美輝の問いかけに、生唾をひとつ飲み込んでから答える。
「わたし、ここ知ってる」
「田舎町だからか、この辺は全然変わらないな。琴音も来たことあるの?」
結弦が辺りを見渡して言った。
記憶の片隅にこの景色が刻まれているが、なぜ知っているのかが思い出せない。
一体わたしはどうしたんだろう? なにか大切なことを忘れている気がする。けれど、思い出そうとすると、頭に靄がかかったような感覚に襲われてしまう。
「子どもの頃に来た……のかな? 景色には見覚えあるんだけど、なんか、思い出せない」
「旅行とかじゃねえの? そんなことより腹へらねえ? この辺ファミレスとかねえのか?」
怜の言葉にどこか懐かしい記憶が手招きをして、つい口をついた。
「わたし、おいしいお店知ってるよ」
発言しておいて、なんで知ってるんだろうと自分のことながら思う。
「じゃあ、琴音案内してよ。わたしもお腹空いちゃったし」
「でも記憶が曖昧だから、なかったらごめんね」
「いいよ、とりあえず行ってみよう。俺もう飢え死にしそうだ」
怜に急かされて商店街へと足を向けた。少し閑散としているが、まばらに人の姿があり、どこか懐かしいお店が立ち並んでいる。
しばらく進むと十字路の角に【オムライス】と大きく書かれたのぼりを見つけた。
「おぉ、オムライスじゃん!」
迷うことなく怜が木目の扉を開けると、カランカランと鐘の音が響いた。