ふいに黒猫は、わたしのカバンのにおいをすんすんと嗅ぎ始める。
「食べ物は入ってないんだけどな」
黒猫はまたひと鳴きすると、右手をひょいとあげて外側のファスナーに爪を立て始めた。
「残念、そこには手紙しか入ってないよ」
それでも黒猫はしつこくファスナーの繋ぎ目を狙って、かりかりと爪を立てる。
なんとなく根負けしてしまい、ファスナーを開けると中から手紙を取り出してみせた。
「ね? 手紙しかないでしょ? 食べ物もおもちゃもないよ」
そう言うと黒猫は目を真ん丸に見開き、取り出した手紙のにおいをすんすんと嗅いで、そのまま手紙に体を擦りつけるようにして目を閉じて丸まってしまった。
どうしたんだろう……?
黒猫はうっすらと目を開けているが、その視線は虚ろで、どこか遠くへと向けられていた。
しばらく撫でていると、ホームに電車の到着を告げるアナウンスが流れた。
「じゃあ、わたしいくね」
手紙を仕舞ってベンチから立ち上がると、黒猫はまたわたしを見つめてナアナアと鳴き始めた。
くりっとした蒼い瞳はなにかを訴えているように見えるが、この電車を逃すわけにもいかない。
わたしは最後に黒猫をそっとひと撫でしてから電車へと乗り込んだ。