これじゃ駄目だ。

 たとえ結弦が目覚めても、こんなわたしを見たら心底がっかりするだろう。

 やはりわたしはあの事故以来いろんなものが欠けてしまっている。

 目覚めたときのことを考えると、わたしは結弦のそばにいないほうがいいのかもしれない。


「わかり、ました……」


 いくつもの想いを巡らせていたがなんとかそれだけ言い残して、病室を出ようと立ち上がる。


「これからは、もっとあなた自身のために時間を使ってください。そして時間が空いたときに、また様子を見に来てやってください」


 最後まで優しく声をかけてもらったが、言葉を返せずそのまま一礼し踵を返した瞬間。


『ご、めん…………ま……た……』


「え?」っと声を上げて振り返ると、結弦のお父さんが「なにか?」と訊ねてきた。


「えっと、今、なにかおっしゃいませんでしたか?」


 声をかけられた気がしたから振り返ったのに、逆に訊ねられてしまい、困惑して言葉を返す。


「いえ、僕はなにも……?」


 そんなはずはない。確かに声が聞こえた。

 首を傾げて考えていると、


「もしかすると結弦があなたの心に、来てくれてありがとうと、そう伝えたのかもしれませんね」


 映画やドラマのような、月並みな言葉で纏められてしまった。


 遠い昔、聞き覚えのある声。

 記憶の引き出しをかたっぱしから開いていくと、あの頃の結弦の声だと、心の中のわたしが告げる。

 しかし結弦は今も変わらず眠り続けている。やはり空耳だろうか?

 腑に落ちないがこのまま突っ立っているわけにもいかず、わたしはもう一度頭を下げて病室をあとにした。