泣いて、泣いて、泣き続けて、どれくらい時間が過ぎただろう。

 うずくまったまま流し続けた涙が枯れてくると、泣き疲れた体をゆっくりと持ち上げた。


「慰霊碑って……すぐそこ、だったよね……」


 泣いている間も、ずっとわたしを見つめていた黒猫に話しかけてみる。

 喉が渇いて体に力が入らない。

 地面と空がひっくり返ったみたいだ。

 倒れそうになる体を何度もガードレールで支えながら、ふらふらした足取りでなんとか慰霊碑がある場所まで歩いた。

 あの階段の向こうに、美輝と怜の名前が刻まれた慰霊碑があるのだろうか。


「いや……違う」


 涙が枯れるほど泣き続けて、辿り着いた絶望の底。

 もうこれ以上ないくらい沈み切った場所に立つと、小さな希望に気がついた。

 よく考えてみれば、わたしは時間を飛び越えたんだ。

 そのとき、バスは転落しなかった。

 軽い接触事故は起きたけれど、幸いみんな無事だった。

 葵のトンボ玉は、それがもうひとつの現実だったことを証明している。

 だとしたら……慰霊碑はないのかもしれない!

 わたしが時間を飛び越えたのは、みんなを助けるためだったとしたら……。

 そう考えると辻褄が合う。

 過去に戻って、あの恐ろしい事故を回避して未来に戻ってきたのなら、そのままそっくり過去が変わっているのではないだろうか。

 ここはきっと、美輝と怜が生きている未来へと変化しているんだ。

 そして結弦も今頃、プールで子ども達に水泳を教えているのかもしれない。

 淡い期待が、希望の光を輝かせていく。

 でも、もし変わらずに慰霊碑が建っていたら……。

 暗い考えを吹き飛ばすように、頭を何度も横に振る。

 そんなこと考えちゃ駄目だ。

 事故は起こらなかったんだもの。

 きっとわたしはみんなを助けるために、過去へ戻ることを許されたんだ。

 そうじゃなければ、なんのために過去に戻っていたのか説明がつかない。


 慰霊碑がある階段の前に立ち、震えながら一段目に足をかけた。

 そこから一歩、また一歩と、踏みしめるように階段を上っていく。

 心臓の音がうるさくて吐き気がする。

 この先にあるのは未来への希望だと言い聞かせて、ひと足毎に力を込める。

 上を見ないように視線は足元に向けたまま最後の段に足をかけると、慰霊碑がある場所へ上りきった瞬間にまぶたを閉じた。

 心を落ち着かせるために大きく息を吸い込む。

 新緑の香りを肺いっぱいに取り込んで、まぶたの裏で慰霊碑のない只の広場を想像する。


 ……お願い、神様。


 わたしはもうなにもいらない。

 美輝と怜が、ただ生きていてほしい。

 生きてもう一度会って、この七年間楽しかったよって、そう言ってほしい。

 そして結弦も、夢を叶えて幸せに暮らしていてほしい。

 みんなが元気で過ごしているなら、わたしはどうなっても構わない。

 意を決して、固く閉じたまぶたの力を緩めてゆっくりと目を開けようとしたその瞬間。


「いつまでそうしてるのよ」


 誰もいないはずのこの場所に、声が響いた。