食堂に行き席につくと、井関さんが作ってくれた朝ごはんを、これが最後だと噛み締めながら味わった。

 葵に朝食を用意してもらったのに残してしまった罪悪感が強くなって、心の中でごめんと呟く。

 トンボ玉をもらったり、朝ごはんを作ってくれたり、思えば葵にはお世話になってばかりだというのに、連絡先さえ聞けていない。

 葵に届け物をしてくれた黒猫ちゃんにも、いつかお礼をしたい。

 夏休み中に改めて天伽家を訪ねようと、わたしは密かに決意した。

 朝食を食べ終えると、美輝とふたりで厨房に顔を出して井関さんに声をかけた。

 お別れの挨拶とお世話になったお礼を伝えると、井関さんはにかっと笑い右手に持った包丁を高らかに上げて、「またおいで」と言ってくれた。

 そのまま食堂をあとにして部屋に戻り、帰り支度を始める。

 わたしはもう終わっているから、美輝のカバンに荷物を詰めるのを手伝った。

 美輝はなにも喋らず、黙々と自分の荷物をボストンバッグに詰めている。

 きっと、もう帰らなければならないという現実と旅行の思い出に、淋しさを募らせているのだろう。わたしも同じだ。

 帰る準備ができた頃、結弦が部屋の扉を開けて障子越しに声をかけてきた。


「準備できた? そろそろ行こうか」


 結弦の声はいつもとなにも変わらない。

 それに少し安心する。

 美輝と顔を見合わせて、ふたりで部屋を改めて見渡してから、「はーい」と返して部屋をあとにした。