集合場所に戻ると、美輝と怜は暇を持て余した子どもの様にヨーヨーを弾ませながら待っていた。


「お待たせ。じゃあ神社に行こうか。あの上だよ」


 結弦がそう言って指差した先は小高い丘のような場所で、大きな木々が生い茂っている。小路を抜けて長い石段を上ると、こじんまりとした境内が見えてきた。

 住宅街の間を縫うように建てられた小さな神社。境内から海へと抜ける景色は、花火もよく見えそうだ。昼間に来ても彼方まで続く水平線がきれいに見渡せるのだろう。

 神社にはもしかして葵ちゃんもいるんじゃないかと密かに期待していたけれど、そんな都合のいい展開は訪れなかった。

 巫女だからって神社にいるわけはないか……。そう思いながら松の木のそばにあるベンチへと腰掛けると、どこからか「ナーオ」という猫の鳴き声が聞こえた。


「ナーオ、ナーオ」


 この鳴き声って、もしかして昨日お昼ご飯を食べたお店の前にいた猫と同じ? でも、どうしてこんなところにいるんだろう。


「あ、いた。あそこ」


 美輝が指差した神社の軒下を見ると、そこに猫の目が光っていた。暗闇と同化している体が昨日の黒猫を彷彿とさせる。


「この子、昨日オムライス食べたお店の前にもいたよねえ」

「まじかよ、あんなとこからここまで来たってのか? 確かにこの変な鳴きかたはそっくりだけどよ」


 怜はどことなく疑いの視線を向けているけれど、やはり同じ猫なのだろうか? 結弦はなにも言わずに黒猫の様子を見つめていた。
 昨日と同じように美輝がしゃがんで「おいで」と手を出すが、黒猫は軒下からこちらの様子を伺ったまま動こうとはしなかった。
 けれど、わたしがしゃがみ込んでそっと手を伸ばしてみると、黒猫はわたしの指先を見つめながら軒下からゆっくりと出てきてくれた。


「やっぱりその子は琴音が好きなんだね」


 黒猫は警戒しながらもわたしの膝にそっと前足をかけ、そのまま首にかけていたトンボ玉をひと舐めしたかと思うと、わたしの鼻に自分の鼻をぐいっと押しつけてきた。


「ちょ、くすぐったい」


 美輝がそれを見てあははと笑っている。


「それって猫の挨拶だよ。仲のいい相手にしかしないから、琴音は相当懐かれてるんだね」


 動物に好かれて悪い気はしないけれど、挨拶とはいえいきなり鼻に鼻を押しつけてくるのは勘弁してもらいたい。


「もう、突然びっくりするじゃない」


 黒猫の湿った鼻で濡れてしまった鼻を手で拭っていると、黒猫はわたしの膝に前足を乗せたままごろごろと喉を鳴らして、今度は葵ちゃんのヨーヨーに頭を擦りつけ始めた。


「だめ。これ葵ちゃんのだから、あなたのじゃないよ」


 黒猫はわたしの注意も聞かず一心不乱にヨーヨーに甘えている。もし爪でも立てられたら割れてしまうかもしれないので、わたしはヨーヨーを持ったまま立ち上がった。


「ナーオ! ナーオ!」


 すると黒猫は怒ったように鳴き始め、浴衣の裾に前足を立ててきた。片方の手を必死に伸ばしてヨーヨーを奪い返そうとしているようにも見える。だけど爪を立てられて浴衣がほつれてしまわないかこっちは気が気ではない。焦っていると結弦がひょいっと黒猫の背後から手を回して、そのまま黒猫を抱き上げてくれた。


「こいつは俺が捕まえとくから、みんなごはん食べようか。冷めちゃったら勿体ないだろ」


 黒猫は結弦の腕の中だと急におとなしくなり、気持ちよさそうに目を細めてくつろいでいた。