「大抵の人は未練を解消するよりも自分が死なないようになんとかしようとしてしまうんだけど、死の運命は変えることができない。それを変えるということは、世界を書き換えるということになるから。因果が未来へ繋がっている以上、人の生死に関わるような大きな歴史の改変はできないの。俗に言うタイムパラドックスね」
「ちょっと待ってくれよ!」
淡々と説明を続ける葵ちゃんの言葉を怜が遮った。
「仮にその未練が『誰かが死んだ』とかだったらどうすんだよ? 未練解消できるわけねえじゃん」
「だから死者は未練を解消できなくて、何度も何度も時を越える。死の運命は変えることができないことを知らずに、永遠に同じ時間を生きるの」
同じ時間を永遠に生きるってことは、未練を解消できないまま自分が死ぬ日を迎えて、また過去に戻るってこと?
それって……まさか……。
「未練を解消できればそれでいいんだけど、それは簡単なことじゃない。今こうしてる間にも、逃れられない運命に抗って苦しみ続ける魂がいる。それを導くのが天伽のお役目ってわけ」
いつの間にか葵ちゃんの顔から、さっきまでの笑顔が消えていた。
結弦も静かに耳を傾けている。
もし、わたしの夢が夢じゃなくて、現実に起こったことだったとしたら。
もし、わたしが本当に時を越えてきたのだとしたら……。
背中からぞくりといやな感覚が襲う。
不思議な感覚の答えを見つけだす糸口な気がしたけれど、やっぱりすべてがちぐはぐで、解けない知恵の輪みたいに絡まっている。
わたしが時を越えたはずはない。
人の生死に関わる大きな歴史の改変はできないのだとしたら、今ここに皆がいることが、わたしが繰り返していない証拠なのだから。やっぱりあれは夢だったのだろう。
「あははは、なんか暗くなっちゃってごめんね! うちに来てくれたんでしょ? 行こ!」
静まり返る空気の中、葵ちゃんがぱんっと両手を鳴らして元気よく口を開いた。
それを合図にみんなから緊張の糸が切れる。
まるで狐が人を化かしたような屈託のない笑顔で手招きをされて、わたし達は無言で葵ちゃんのあとを歩き始めた。