「じゃあロビーにいきましょうか」
長谷川さんに促され、わたし達は玄関の横に並んだ。
チェックアウトして帰られるお客様にここから挨拶をするらしい。
フロントには結弦のお祖母さんと千佳さんが立っていた。
「泊まっていただいたお礼だから、最後はなるべく大勢でお見送りするようにしてるのよ」
と、長谷川さんが教えてくれる。
しばらくすると一組の家族が階段を下りてきた。
小学生くらいの男の子と女の子は、おそらく兄妹だろう。
ふたりとも笑顔で愉しそうにはしゃいでいる。
お父さんが「お世話になりました」と軽く頭を下げてお会計をしてる間も、ふたりは笑顔で手に持ったおもちゃとお人形を振り回していた。
それをとても優しい表情で見守っているお母さん。
自分の子に向けるまなざしというのはこんなにも優しいものなんだ、と胸がぽっと温かくなる。
会計を終えたお父さんが振り返り「じゃあ、行こうか」と一家へ告げると、結弦のお祖母さんが丁寧にお辞儀した。
「ありがとうございました。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
それに倣ってわたしたちも一礼すると、お父さんがにこっと微笑んで「また来ます」と言ってくれた。
「お世話になりました。ほら、あなた達も」
お母さんが子ども達の背中をぽんっと押す。
「「ありがとうございました!」」
旅館のロビーに子ども達の大きな声が響く。
それがなんだか嬉しい。
結弦のお祖父さんの旅館に泊まってくれた家族がこんなにも幸せそうにしていて、少しでも旅館のお手伝いができて、お客様と顔を合わせてありがとうまで言ってもらえるなんて、嬉しくないわけがない。
見知らぬ人から貰えるありがとうという言葉がこんなにも嬉しいものだなんて、今まで知らなかった。
接客業って案外わたしに向いているのかもしれないなと、単純にそう思う。
「ね、いいものでしょう。お客様達が帰る瞬間のあの笑顔を見ると、今日も頑張ろうって思えるのよ」
「はい、なんだかわかります」
「この気持ちをあなた達にもわかってもらえたなら、私も嬉しいわ」
長谷川さんはきっとこの仕事に誇りを持っている。
まだまだ未熟なわたしにも、その気持ちが伝わってくる。
わたしもいつか、そんな大人になれるといいな。