部屋に戻って浴衣から私服に着替えたわたしと美輝は、結弦に案内されて旅館の事務所へと向かった。
怜は一足先に裏庭で結弦のお祖父さんから草刈り機のレクチャーを受けている。
「おはようございます」
挨拶をしながら結弦の後ろをついて事務所のような場所へ入ると、ひとりの女性がわたし達を待っていた。
「おはよう。あなた達がお手伝いしてくれるのね。ありがとう、助かるわ」
「「よろしくお願いします」」
美輝と声を揃えると、結弦がわたし達を紹介してくれた。
「神谷琴音さんと巡里美輝さんだよ」
結弦の紹介に続けてぺこりと頭を下げる。
「長谷川由衣です。ちょっと大変だけど、頑張ろうね」
透き通るように高く澄んだ声。
すらりと背も高く、アップにした黒髪がとても印象的だ。
この旅館は美人しかいないのだろうか。
「早速これに着替えましょうか」
長谷川さんに渡されたのは、仲居さん達が着ている着物だった。
「じゃあ俺は草刈りがあるからこれで。ふたりとも頑張ってね」
結弦の背中を見送ると、更衣室へと案内してもらった。
「仲居さんの制服とか、わくわくしちゃうね」
美輝はどこか嬉しそう。
わたしは不安と緊張で自分の鼓動がうるさいくらいなんだけど。
「ちゃんとできるかなあ。わたし接客とか全然わかんないんだけど」
着替えを終えて事務所に戻り、長谷川さんから業務内容の説明を受ける。
「ふたりともよく似合ってるわよ。それじゃ今日してもらいたいことを説明するわね」
そう言われて、わたしはメモを取る準備をする。
「まずは食堂で洗い物とお掃除。それからはリネンアテンダントとして客室の洗い物を回収袋に詰めてきて欲しいの。十二時頃に回収業者さんが来るけど、それまでには終わると思うわ」
なるほど。やはり素人にいきなり接客なんてさせるはずがない。ちょっと拍子抜けだ。
「リネンの回収はフロントで状況を確認してから行くようにしてね。鍵が戻ってたらチェックアウトされている証拠だから。なにか聞きたいことはある?」
メモに目を落として、よしと頷く。
「大丈夫です。まずは食堂からですね」
さすが美輝だ。
メモを取らなくても頭の中で段取りが仕上がっているのだろう。
「雑用ばかりでごめんね。厨房には井関さんという板前さんがいるから、わからないことがあったら聞いてね」」
「「わかりました」」
声を揃えて踵を返すと、わたし達は事務所をあとにした。