まぶたの裏に、すっと光が射した。頭の中を覆っていた靄がゆっくりと晴れていく。
直後、少し吐息混じりの声が静謐とした闇に響く。
「オリヴィアさん」
レイルの声だ。眩しさに眉を寄せながら、ゆっくりと目を開く。
「んん……レイルくん……?」
白いレースが揺れる。花の甘い香りがすっと鼻を抜けた。
起き上がり、後ろに手をつく。
ギシッとスプリングが軋む音がして、オリヴィアはようやく自分がベッドの上にいることに気付く。
ずきり、と頭が痛みを覚えた。
そうだった。悪役令嬢であるオリヴィアは王宮の牢から逃げてきたのだった。
レイルに連れられて森に逃げて、そして……。
「……ここ、どこ?」
周囲を見回す。
見慣れない部屋だ。王宮のような感じはしないが、豪華な調度品が並んでいる。絢爛な西洋時計に、天蓋付きのベッド。どちらもかなり高そうだ。
「おはよう、オリヴィアさん。ここは僕の隠れ家だよ」
「隠れ家……?」
声の方を見ると、レイルがいた。
黒のハイネックシャツに細身のパンツ、上からケープコートをまとっていた。髪はくくっていない。
いつもの清楚な格好と雰囲気が違い、大人っぽい。
「オリヴィアさん……よかった、顔色いいね」
ぎゅっと壊れ物に触れるように抱き締められる。
「わ……あ、あの……レイルくん?」
「ん〜オリヴィアさんいい匂い……可愛い」
首筋にレイルの吐息が触れ、びくりとする。
ろくな男性経験のないオリヴィアには、寝起きから刺激が強過ぎる。
「そのドレス、すごく似合ってる」
「ドレス……?」
抱き締められたまま、自分を見る。
オリヴィアはハイネックの白いリボンブラウスに、桃色のコルセットスカートを合わせていた。
スカートには花柄の刺繍が施されている。
腰の部分はリボンでキュッと締まっているのに、締め付けがない。
寝ていたのに皺の一つも付いていないところを見ると、かなり質のいいドレスだ。
「ほ……本当だ、可愛い」
これまでのオリヴィアとしてのドレスよりも品があって、清楚な感じがする。なによりオリヴィアの好みだった。
「でしょ? 他にも君に似合いそうなものたくさん用意しておいたから、好きに使ってね」
と、レイルはクローゼットへ視線を流した。
「これ……どれもすごく素敵だけど、どこで買ったの?」
「僕が作ったんだよ」
「えっ!? レイルくんが?」
(すご……)
「これ、魔力増幅の効能もあるんだ。結構好評なんだよ」
レイルがそっとオリヴィアの頬を撫でる。ぞく、と背筋が粟立った。
「全部君のためだ」
レイルらしくない、淡々とした低い声だった。ひやりとする。
「この家も、服も、全部、君を守るために作ったんだよ」
「私のため……?」
「これから君は、ここで僕と暮らすんだ」
「で、でも、国のことはどうするの?」
「大丈夫。君はなにも気にしなくていいんだ」
レイルは再びオリヴィアを抱き締めた。
「オリヴィアさん。僕と一緒に暮らしてくれるよね?」
そっとレイルがオリヴィアを覗き込む。
(その顔は反則……)
ぐ、と言葉に詰まった。
「オリヴィアさん?」
オリヴィアはこくんと頷いた。
こうして、オリヴィアはレイルとともに暮らすことになったのである。