レイルが着替えから戻ってくると、オリヴィアはソファにころんと寝転がり、クッションを抱えて丸くなっていた。

「オリヴィアさん、寝るならベッドに……」
「ねぇ、レイルくん」
「ん?」

 オリヴィアは、レイルをじっと見上げて言った。

「助けに来てくれてありがとう。……私、今回ばかりは本気で死ぬかと思ったんだ」
「……うん。帰ってきて、オリヴィアさんがいなかったときはさすがに僕も肝が冷えたよ」

 レイルはオリヴィアに近付いた。
 
 地面に膝をつき、オリヴィアの髪をそっと掬った。髪に触れていた手は、そのままするりと頬に流れる。頬の傷は、医官の治癒魔法によって既に塞がっている。

「傷が残らなくてよかったけど……正直、まだ心臓がバクバクしてるんだ。君を失うかと思うと、怖くて怖くて堪らなかった」
「ごめんなさい……」
 
 オリヴィアはしゅんとして、起き上がった。耳にかけていた髪がさらりと前に垂れる。レイルの喉仏が一度、こくりと上下した。

「オリヴィアさん……」
 レイルがオリヴィアを抱き寄せる。
 
「ごめんね……怖い思いさせて、痛い思いさせてごめん。僕、オリヴィアさんのこと全然守れなかった」

 オリヴィアはふっと笑って、首を横に振った。
 
「……そんなことないよ」

 レイルは身体を離し、オリヴィアを見た。レイルの瞳は今にも涙が零れそうなほど潤んでいる。

「……なんでレイルくんが泣くの」
「だって……だって」

 よしよし、とオリヴィアが優しく抱き締め返すと、レイルは子供のようにオリヴィアにギュッと抱きついた。
  
「私……レイルくんが来てようやく泣けたんだ。ラファエル王子に捕まってから私……怖くて不安でどうしようもなかったけど、それでも泣けなくて……それなのに、レイルくんの声聞いたら、なんか一気に緊張が解けちゃって」

 ぽっと胸元からレイルが顔を離し、オリヴィアを見上げた。犬のようだ。
 
「……僕が泣かせたってこと?」
「うん」
「それは喜んでいいのか……」

 レイルが複雑な顔をする。
 
「つまりね、安心するんだよ。レイルくんと一緒にいると」
「安心……そっか」
 
 すると、レイルはおもむろににこっと笑った。

「本当は、違う意味で泣かせたかったんだけどなぁ」
「えっ」

 どういう意味、と尋ねようとすると、視界がぐるりと変わった。オリヴィアはレイルに抱き上げられていた。

「ちょっ……わっ」
「暴れたら危ないよ、オリヴィアさん」 

 身体が不安定になり、オリヴィアは慌ててレイルの首に手を回す。すると、レイルはくすっと嬉しそうに笑った。

「そ。いい子。そうやって僕に掴まってて」 
「レイルくん、どこに……」
「部屋だよ。疲れたから、部屋で二人でゆっくりしよう?」
 
 レイルは懐っこい笑顔を浮かべて言った。無邪気な笑顔だけど、どこか黒い。