そのときだった。
 どこかから、ふわり、と馨しい花の香りがした。

(……この香り……部屋のアロマの香りに似てる)

 香りに導かれるように思い出されるのは、レイルとの思い出だ。

 甘やかな朝。穏やかな朝食。ほかほかと心の底からあたたかくなるようなレイルとの会話。優しい腕の中。落ち着く香り……。

 オリヴィアは顔を上げた。

(……諦めちゃダメだ。私は悪役令嬢。悪役らしく、すんなり殺されるわけにはいかないの)

 せっかく転生したのだ。それに、オリヴィアは今一人ではない。レイルという、心から愛する人ができたのだ。

 そしてそれはたぶん、ラファエルも同じ。

 ここを出よう。
 決意をして、檻に近付く。

(ソフィア様を探さなくちゃ……)
 
 ラファエルは、ソフィアがいなくなったと言っていたけれど、オリヴィアはソフィアの居場所など知らない。攫ったわけでもない。

 どちらにせよ、この窮地を逃れるにはソフィアを見つけ出すしかないのだ。

 オリヴィアは鍵を調べた。
 このロックをオリヴィアの魔法で解錠するのは難しそうだ。
 
 レイルとの魔法特訓のおかげで、学校にいた頃よりずっと魔力値が上がったオリヴィアだったが、ここまでの南京錠を解錠する力はまだない。
 
 だが、諦めるわけにはいかない。諦めたら待つのは死だ。

 両手を南京錠に翳し、ぐっと力と念を込める。

(開け……開け!)

 ふわり、と南京錠がかすかに浮く。

 もう少しで開きそうだ。
 さらに両手への意識を集中させる。

 すると、身につけていたブラウスとスカートがふわり、と揺れた。
 優しい風に舞い上げられたように、かすかに。

(そうだ……この服は魔法具の一種。魔力があるんだ) 

 目を閉じ、意識を両手に集中させたその瞬間。
 がちゃん、と鍵が壊れた。

「やった! 開いた!」

 思わず声に出して喜んでから、ハッとした。
 見張りがいるかもしれない。バレないようにこっそり脱出しなくては。

 足音を殺して、オリヴィアは暗い廊下を進む。