レイルはソフィアを連れて、洋館に戻った。

 ソフィアはすべてを話すと、しばらく考え込むように黙り込んだ。

「……つまり、すべては私の責任なのですね」とひとこと言うと、レイルを見つめる。

「彼女に聞きたいことはたくさんありました。でも……私は真実を知るのが怖くて、もっとひどいことをされるんじゃないかと勝手に怖がって……なにも聞かずに、ラファエル王子の影に隠れました……」

 こうしてはいられない、と、ソフィアは勢いよく立ち上がった。

「オリヴィア様にお会いしたいです。深く謝って、お礼を言いたい」

「ソフィア様……」

「オリヴィア様は私にラファエル王子を譲ったつもりはないのでしょうが……結果的に、私はオリヴィア様の行動によって今こうしていられているので」

 レイルはありがとう、と声を震わせた。

「あ、レイル様。ちなみになんですが」
「?」
「こちらのクッキー、とてもおいしいと有名なのですよ。オリヴィア様にお土産に持ち帰られてはどうでしょう?」

 レイルはふっと笑った。

「えぇ。そうします」

 やはり、ソフィアはヒロインである。



 ふたりが森の奥深くに隠された洋館に戻ると、庭にオリヴィアのキャンバスが出しっぱなしになっていた。
 不思議に思い周囲を見渡すが、オリヴィアの姿はない。

「オリヴィアさん……?」
「オリヴィア様、いらっしゃいませんね?」

 オリヴィアがなにかをやり残したままその場を離れることは、普段はない。なにごともきっちりした人である。

 レイルは眉を寄せ、怪訝に思いながら玄関に手をかけた。
 扉は、かちゃり、とすんなり開いた。出かけたわけでもないらしい。
 ますます首を傾げる。

「中にいらっしゃるのでしょうか?」
「ちょっと、部屋を見てきます」

 ソフィアを客室に案内すると、レイルは二階に上がった。
 嫌な予感がしながらも、レイルは努めて平静を装ってオリヴィアの部屋の前に立った。
 
「オリヴィアさん、ただいま。今日は街で美味しそうなクッキーが売ってたから買ってきたよ。オリヴィアさんに会いたいっていう客人も招いてるんだ。下でティータイムにしよう……」

 オリヴィアの部屋を数度ノックして、中を覗く。しかし、やはり部屋の中はもぬけの殻だった。

 レイルはいよいよ焦った。

「オリヴィアさん!」 

 洋館中を探すが、どこにもいない。

 レイルのただならない様子に、ソフィアも気付いた。

「レイル様、どうなさいました?」
「オリヴィアさんがいないんです」
「え……」

 そろって庭に出る。やはり洋館の周囲にもオリヴィアの気配はない。
 
 もしかして、この生活が嫌になって逃げたのだろうか。オリヴィアがこの生活を窮屈に思っていたようには思えないが。

「オリヴィアさん……どうして」 

 視界にオリヴィアのキャンバスが映り、ハッとした。キャンバスの絵は、描きかけだった。

「ソフィア様、兄様はあなたを心底愛しています。たぶん兄様は、オリヴィアさんのことを許していない……」
「まさか、ラファエル王子が?」

 ぐ、とソフィアは眉をひそめた。

「……そういえば、王立騎士団に直に出向いて、捜索命令を出していたように思います」

 レイルは拳を握る。
 やはり、オリヴィアは自らここを去ったわけではないのだ。

「そんな……」

 兄様、とレイルは呟いた。

 額を嫌な汗がつたっていく。
 レイルは額の汗を粗雑に拭うと、ソフィアを連れて急いで王宮へ向かった。