舞踏会の言葉を出すと、ソフィアの顔にすっと(かげ)が差した。

「どうなさいました?」
「……その、ラファエル王子の前では言えないのだけど」

 ソフィアは俯きがちに、テーブルの横にある窓の向こうを見る。
 
「実は少し……怖くなってしまったんです。私はオリヴィア様と違って元はただの一般庶民ですし、ラファエル王子にはとても見合わないというか……今さらになって、オリヴィア様の凄さがわかりました」

 オリヴィアはいつも凛としていた。……というより、つんとしていた。

 それは単に悪役令嬢を演じていたからであるが、ソフィアはそのことを知らない。
 あれが、彼女の本質だと思っている。

 レイルは窺うようにソフィアを見た。

「兄様と婚約したこと、後悔していますか?」
「……ラファエル王子のことは愛しています。でも……周りはどう思ってるのかなって、不安にはなります」

 ソフィアは困ったように笑った。いつも華やかな彼女にしては、珍しく弱々しい笑みだ。

「実は今日も、ラファエル様に行き先を告げずに来てしまったのです。毎日ダンスのレッスンや魔法の勉強ばかりで、うんざりしてしまって……」 

 と、俯くソフィアに、レイルはそっと言った。

「このドレスには、勇気を与える魔法がかかっています。それは、このドレスをデザインした子がかけたものなんです」
「えっ……レイル様が作られたものなんじゃ……」 

 ソフィアは驚いたように、パッと顔を上げた。

「オリヴィア・ローレンシアを覚えておいでですか。……ソフィア様は、もう名前も思い出したくないかもしれないけど」 

 オリヴィアの名前を出した瞬間、ソフィアの顔がぴきっとこわばった。

 やはり彼女にとってオリヴィアは、苦手意識が強いらしい。

「……もちろんですわ。でも、彼女は地下牢から逃げ出して行方知れずになっていると聞きましたけど」

 レイルはいいえ、と首を横に振る。

「……実は、彼女は僕のところにいます」

 ソフィアは一瞬目を瞠ったが、すぐに目を細めた。

「それは……レイル様は、大罪人を匿っていると?」

 声に警戒の色が乗る。レイルはきっぱりと言った。

「違います。彼女に罪はないのです」
「罪がない……?」
「……ソフィア様。すべてをお話します。ですのでどうか、ソフィア様に彼女の汚名を晴らす手伝いをお願いしたいのです」

 ソフィアは、続きを促すようにレイルをまっすぐに見つめた。

 レイルは覚悟を決めて、すべてをソフィアに打ち明けた。